古い土地

暗い穴

「AIのべりすと」に歌詞は書けるか〔高橋徹也編〕

 

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「真っ赤な車」(学習前) クソみたいなj-pop仕草をやめろ

 

[アブスト]

  • 「AIのべりすと」に(筆者が望むレベルの)歌詞は書けない。

 

 

はじめに

 

 「AIのべりすと」は少し前から流行っている文章作成支援ツールです。インターネット上の文章を文庫本174万冊分(公称)も機械学習しており、マシンパワーの進歩を感じさせる仕上がりとなっています。

  

ai-novel.com

 

 で、このサービスは有料版があるんですが、学習している文章の中に「カクヨム」やら「小説家になろう」等の「閲覧は無料だけど商用利用は要相談」なテキストも容赦なく(おそらくは無断で)突っ込まれていて、うまく誘導してやれば学習元まで割り出せてしまいます。

 この無断使用がどのぐらい燃えるは分かりませんが、面白いのでサービス停止する前にフリー版で遊んでみることにします。

 

 個人的に小説チックな文章には興味が無いので、歌詞を書かせることにしました。題材として取り上げたのはあの高橋徹也です。知名度と文学性、2021年のAIが挑戦するのに最適なアーティストでしょう。

【楽曲解説】高橋徹也 - 『夜に生きるもの』(コード進行で見る高橋徹也②) - 古い土地

 

 

 

 

素の「AIのべりすと」

 

 「文章スタイル(プリセット)」>「ストーリー設定」>「メモリ」「脚注/オーサーズ・ノート」からユーザーが学習元を提供できるのですが、それ抜きだとどうなるか見てみます。

 なおユーザーの入力した文章の続きを書かせるのが基本的な使い方ですが、応用として文章の要約や人物紹介もできます。詳細は「AIをうまく扱うためのヒント」をご覧ください。

 

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「真っ赤な車」(学習前) 唐突に始まるポルノ(「ノクターンノベルズ」等R-18のテキスト媒体も分別なく学習している)

 

 

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「鏡の前に立って自分を眺める時は出来るだけ暗い方が都合がいいんだ」要約(学習前) 全てをラブコメとして眼差すAI。「正体不明の人=ヒロイン=モブキャラ」「正体不明の人が俺を囲う理由は好きだから」という新機軸の読解。

 

 

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「チャイナ・カフェ」要約(学習) 偶然にも歌詞のディスコミュニケーション性を捉えている

 

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「チャイナ・カフェ」人物紹介(学習前) こんなかわいい登場人物ではない

 

 

 面白いものを選ぶ時点でバイアスがかかっていますが、基本的にトンチキで、どこか低俗です。インターネット以後は誰しも文章を気軽に残せる(残ってしまう)時代ですが、結果学習する文章の大半が「こんなもの」になってしまったと。

 高橋徹也の歌詞と組み合わさると味わい深くて良いと思います。

 

 

「AIのべりすと」に学習させる

 

 試行錯誤の結果、最終的には次のような文章を学習させました。このまま貼り付ければ筆者と似た設定で遊ぶことができます。

 フリー版だと文字数が厳しいので自分で歌詞を要約しています。出典は主に高橋徹也夜に生きるもの』『ベッドタウン』です。

 

 「文章スタイル(プリセット)」>「ストーリー設定」>「メモリ」

真っ赤な車は俺の車を追い越してゆく見覚えのない車。俺が追いかけている車。
行く先は誰にも分からない。
俺は行く当てがない。もう後が無い。世界中どこでも生きてやるとうそぶいている。

俺は最近ひどくくたびれている。やたら物忘れが激しい。煙草の煙がやけに目に染みる
やたら背の高い女は俺の恋人だと名乗る。俺の苦手な料理をなぜか知っている。俺の頭の中にのみ存在する。

時計台は役割を果たして見守っている。俺はなぜか好きになれない。
新しい世界は強い力で人を導く世界。俺にとってはどこにも存在しない。
白い車は見たことのない見覚えのある場所で俺を追い越す。
君によく似た悪魔は目の前をいま横切る車の中に乗っている。
俺はもう後が無い。存在しない場所に向かって目の前にただ続く道を歩く。

夜に生きるものは人類の大多数。大袈裟な言葉と悲しすぎる音楽によってどこかへ攫われてしまう。
テーブルの料理は冷める。

悪い予感は僕が抱いたもの。「なんとなく誰かが僕の前を先回りして、大切な何かがあるとすればそれを全部 一つ残らず後も残さず買い占めてしまうような」予感
ナイトクラブにたむろする客のうち何人かは問題を抱えており、好きでもない女性に手当たり次第声をかける。
店の主人はナイトクラブのオーナー。僕が頼んだ料理を出さず帰るのを待っている。商売人失格。
黒いハーフコートの紳士は(ナイトクラブの)駐車場にいつも泊まってる車の後部座席から俺を見ている。正体不明。

安物のワインは出所がわからない。唯一今彼女にとってリアリティのあるものと仮定されている。

正体不明の微熱は俺のやる気をなくす。朝から体をだるくする。
正体不明の人は俺を囲い、なんだか分からなくする。
鏡の前に立って自分を眺める時は出来るだけ暗い方が都合が良いと考えられている。

遠く離れた君は突然現れ、僕の知らない僕の昔話を語りだす。ホテルの一室を哀しいシーラカンスの泳ぐ深海へと変える。

俺は爆弾を片手に女を口説く。女に「この男いかれてる」と言われ結構な気分になる
さっきから入り口の近くのテーブルに座ってる男はあいつだけ一度も笑わない。俺の頭の中にのみ存在する。

後ろ向きに走る男は出かける時靴は右から履く縁起をかついだ男。見たら気を付けなくてはならない。
君は若くも老いてもない

 

 「文章スタイル(プリセット)」>「ストーリー設定」>「脚注/オーサーズ・ノート」

[歌詞]

[作者:高橋徹也 ジャンル:ハードボイルド]

俺は実存の不安と強迫観念を抱いており、最終的には破滅する

 

「破滅」は歌詞の内容・現実に即していませんが、97-98年の高橋徹也特有の昏さを出すために誇張して付け加えました。

 

 

学習後の「AIのべりすと」(面白部門)

 

 やっている途中にどうもAIはあまり高橋徹也を理解してくれないらしいと気づきます。文章の続きを書かせるより要約させた方が筆者の場合は面白くなりました。

 

 

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「真っ赤な車」要約 3回文章を生成している。あまりに辛辣な要約から始まり、説教、そしてカフカ的不条理の根城たる夢の世界へ読者を誘う。

 

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「人の住む場所」要約 意味を通すことが困難だとたびたび話題になるこの曲だが、「AIのべりすと」によれば「主人公は孤立した無能で誰も誤りを正さない」という内容らしい

 

 

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「新しい世界」要約 卑屈になりすぎて壊れてしまった

 

 

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「新しい世界」要約 AIの自我の芽生え、実存の不安と再生、生と死。

 

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「チャイナ・カフェ」要約 学習後とは思えない。体験談とは高橋徹也自身が歌詞にあるようにタバコ・メロンが嫌いなことだろうか。

 

 

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「チャイナ・カフェ」要約 突如正鵠を得る

 

 

学習後の「AIのべりすと」(良作部門)

 

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「真っ赤な車」 「こんな日に限って渋滞に巻き込まれる」の差し込み方が少し高橋徹也っぽい

 

 

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「チャイナ・カフェ」人物紹介 もうちょっと背が高くてもいいとは思う。それと「俺:俺の妄想上の人物」が惜しい。過学習

 

 

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シーラカンス」 マイルドな高橋徹也

 

 

 

結論

  • 「AIのべりすと」に(筆者が望むレベルの)歌詞は書けない。理由はいくつかある。
  • そもそも「AIのべりすと」が学習している文章の中に歌詞が含まれていない。これはただ日本の法的事情によるもので、原理的にディープラーニングで歌詞を書くことは可能だと思われる。
  • しかし仮に歌詞を機械学習させたとしても、歌詞は一作品ごとの文章量=学習量が少ないので下手をすれば最大公約数をとりクソみたいなj-popしかできない。
  • 「AIのべりすと」が大量に学習しているインターネットミームやら「カクヨム」やら「小説家になろう」やらの文章と97-98年の高橋徹也の語彙がかけ離れすぎていて後者の再現が難しい。
  • 歌詞でなくとも60年代までの英米文学をメインに機械学習すれば高橋徹也の再現は十分可能だろう。なろうとかそれ自体1.5次創作的/ディープラーニング的なので、AIサマセット・モームとか作った方が世のためになると思う。