古い土地

暗い穴

エリック・ドルフィー生誕95周年メモリアルバーベキュー

 

 

 そういうアレ*1が流行ったときに作った画像です。俺からJazzをとったら何が残る――。

 

 

 エリック・ドルフィー大恐慌の前年1928年に生まれました。幼少期、ポピュラー・ミュージックとしてスウィング・ジャズを摂取しながら、地元のオーケストラでクラリネットを吹き始めます。ジャズ・ミュージシャンがクラシックを音楽経験のはじめに持った、あるいはジャズの練習と並行してドビュッシーやストラヴェンスキーなど世紀転換期のクラシックを聴いていた、というのはよくある話です。しかしドルフィーの場合、12音技法をモード技法と両立させながら自身の作曲で用い(〈Miles' Mode〉)、弦楽四重奏のスコアも書いていたそうですから、中々堂々としたものです。というか、クラシック研究の進め方や消化の仕方が他の人とは少し違う感じがします。

 1940年代後半からチャーリー・パーカーに私淑。クリフォード・ブラウンとのセッションの宅録で1954年頃のスタイル「朗々と吹きすぎるバードフォロワー」が確認できます*2。独自のサウンドとフレージングを獲得するのは1958年頃(フレージングに関してはともすれば1960年)になりますから、遅咲きの人と言ってよいでしょう。アルトサックス、バスクラリネット、フルートというスキルをあまり共有しない三つの楽器に習熟するまで時間がかかった、という側面はあるかもしれません。

 

 先の42枚はノリで選んだらプレイヤーとしてのドルフィーばかりになりました。しかし現代においてその側面はどのくらい顧みられるものでしょうか……。コンテンポラリージャズのトランスクリプションを分析したことのない筆者にはよく分かりません。

 ある時期の菊地成孔はサックススタイルの参照項として「ウェイン・ショーター、スティーヴ・コールマン、そしてエリック・ドルフィー」を持っていたらしいですが、検証を要するところです。バスクラ吹きの人にとってはもう少し分かりやすく当たり判定が大きいと思います。

 

 現代はサウンド、リズム、コンポーズ、アレンジと来て、最後にインプロヴィゼーションが並ぶ時代ですから、公的にはコンポーザー的側面が強い『Out To Lunch!』(1964年)はもっと上です。ただ画像を作った時にその気分じゃなかったので4位に。

 ピアノレスアンサンブルによる「クールネス」、作曲の「クールネス」、「クール」と「ホット」の二分法で分類するのがためられわれるアドリブ。これらを60年代ブルーノート的な「クールネス」(要はジャケット)でパッケージングした、妙なアルバムです。

 今さっき2010年代のリマスター盤を聞き直した感想。ルディ・ヴァン・ゲルダーのサウンドプロダクションが暑苦しすぎて『Out To Lunch!』の方向性をブラしている気がします。

 サウンド関連で言ったら、『Far Cry』(1960年)が思ったよりリバーブが深くて驚いたり、『Last Date』(1964年)はプレECM的だと思ったり。「ジャズの音響」「つくりものとしてのジャズ」に最近興味があって、ドルフィーについても例えば1954年クリフォード・ブラウンとの宅録に使ってた機器は何か、は問題にできるでしょう。

 

 さて、長くもない話でしたがそろそろお別れの時間です。エンディング曲は第1位より〈A列車で行こう〉。それではまた来週――。

 

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[reference]

Analysis of Eric Dolphy ――エリック・ドルフィーの楽理的分析 part 1 〔非・楽理編〕 - 古い土地

Analysis of Eric Dolphy ――エリック・ドルフィーの楽理的分析 part 2 〔作曲編〕 - 古い土地

 

The Eric Dolphy Memorial Barbecue - YouTube

 フランク・ザッパの〈The Eric Dolphy Memorial Barbecue〉からドルフィーにインスパイアされた要素を見出すことは難しい。

 

 

*1:「私を構成する42枚」。エリック・ドルフィーのディスクガイドを作るなら20枚で十分だった。

*2:Clifford Brown & Eric Dolphy - Deception - YouTube