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暗い穴

2021/11/24:野崎歓『異邦の香り――ネルヴァル『東方紀行』論』

 

 

ジェラール・ド・ネルヴァル(Gérard de Nerval)って誰

 

 今回と次回でネルヴァルについての本を読む。簡単に紹介しよう。

 

 ネルヴァル(1808-1855)はフランス大ロマン派(ユゴー、ラマルチーヌなど)に対して小ロマン派とでもいうべき時期の文学者だ。

 本人は劇作家、詩人になることを(すなわち文芸で喰っていくこと)を目指したが挫折、冴えない新聞記者として生きていくことになる。

 そうして1842年、32歳にして彼は最初の「発狂」を経験する。

 

それからどうなったかといえば、本格的におかしくなった。いや、おかしくなって本格的になった。しだいにリアルとヴァーチャルの区別がなくなり、すべてがイリュージョンで、すべてがテレプレゼンスになった

https://1000ya.isis.ne.jp/1222.html

 

 ここから1855年にパリの凍えた路上で縊死体として見つかるまで、実際は晩年の1950年代に彼の代表作は集中している。

 本格的な評価は20世紀に入ってからだった*1。夢と現実を接近させた点でアンドレ・ブルトンシュルレアリストがネルヴァルを称揚した。プルースト失われた時を求めて』は過去のベクトルを何重にも重ねて見せたネルヴァルの先を行くことを目指した仕事だった。1950年代には「19世紀を代表する3,4人の文学者の1人」と衆目が一致する。

 

 彼の代表作の一つに『東方紀行』(1851年)がある。当時エジプト・ギリシャ・トルコへの旅行、およびその旅行記を書くことが流行していて、ネルヴァルは新聞コラムライターとして1841年と1843年に行った東方旅行をいくつかの記事に仕立て上げた。

 サイードの『オリエンタリズム』(1978年)はまさにこの時期の東方紀行・東方研究を辛辣に批判するものである。

 ところが、ところがである。サイードはネルヴァルをとりあげたうえに、なぜか評価が甘い。ネルヴァルは例外とするかのようだ。

 

 ネルヴァルは無意識の天才、というだけではなかった。むしろ、幻想の中においてどこまでも明晰であり続ける点に才能があり、不幸があった。『東方紀行』で「ぼく」は当時の大文学者たちの逆を張るように市民の間に混ざり一夜を共にした。一見不合理に見える制度がきわめて効果的に運用されていることを示し、東方が野蛮だと言われてきたのは西洋文明の野蛮さの裏返しではないかと指摘した。

 これだけではオリエンタリズムの表層的逆張りで根は同じではないかと筆者には思える――例えば作中で「ぼく」は女奴隷を買う。だが、そういった「思想的矛盾」は生の人間の描写として解消される、あるいは矛盾が横滑りしていく。女奴隷に関して言えば、オスマン帝国における女奴隷はかなり地位が高いように描写され、「ぼく」は女奴隷に手を出さ(せ)ないし、リアルで奇妙なコミュニケーションが行われる。*2

 

 畢竟するに、文学の力がサイードに「何か」を幻視させたのだろう。ともすればオリエンタリズムを超える可能性をも。

 19世紀ヨーロッパで発表された東方紀行文の中には(現代からすればポリコレ的なリマークがつくものの)文学史に残るものがいくつもある。しかし、それらがあくまで19世紀文学の枠内で鑑賞されるのに対し、ネルヴァルはそこからはみ出してくる感じがある。現代の文学とも言えない。何を読んでいるのか。

 ネルヴァルは意識的にも無意識的にもどこかおかしい。どこまでもすり抜け、はみ出してくる。

 

 以上、前置き。

*1:ボードレールはネルヴァルの作品を読んでいたそうだが

*2:19世紀の「奴隷」とアメリカの黒人奴隷を想像してはいけないようだ。

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2021/11/22-23:入沢康夫『詩の逆説』『宮沢賢治 プリオシン海岸からの報告』『かつて座亜謙什と名乗った人への九連の散文詩』

 

wagaizumo.hatenablog.com

 

 これの続きとして、入沢康夫の詩論・評論を読む。宮沢賢治との関係から詩作品『かつて座亜謙什と名乗った人への九連の散文詩』について少し論じてみる。

 

2021/11/22 入沢康夫『詩の逆説』

 

入沢康夫『詩の逆説』(1973年、サンリオ出版)

 

 これを読んでいる。ほんっとうに同じテーマについて喋り続けているな。主義が一貫している。側面は違うので説明の重複はないが。いや、やっぱり重複もけっこうある。

 入沢康夫の根本的な姿勢が知りたければ、現代詩文庫の『入沢康夫詩集』か『続・入沢康夫詩集』の詩論の部分を読めば十分。そこに書かれていることのヴァリアントを延々と展開しているにすぎない。*1

 「詩は自己表現ではない」というのは詩作を始めた頃から何となく頭の中にあったのだろうか? 10代の頃書いたという『狐』をみると、もうすでに「語りの多層性」のようなものが見えてくる気がする。

 

 狐

 

すすき原を

壁土色の野末を走っていく狐

むにむさんに生きていたかった

 

おもいを走ることにだけひそめ

遠(とお)山脈(やまなみ)のかげにあこがれては

ともすれば

草に跳ね 草に滑った

 

http://shiika.sakura.ne.jp/beloved_poet/2012-06-29-9541.html

 

 「詩は怒りです」と言ったその「怒り」もこの中に? 

 また後述するように詩作最初期は友人(美術部+文学部)と共に野外へ出て詩のスケッチをとっていたらしいが、その雰囲気もあるかもしれない。

 

 

 悪意の詩の先駆者として「マルドロールの歌」は読んでおくべきかもしれない。また、滝口修造中期の作品も戦前のシュルレアリストとして影を落としているかもしれない。

 『定本・富永太郎』について。富永太郎が「自己が作品を創り出す」のではなく「作品の中で自己を創り出す」ので良いのだと教えてくれたらしい。入沢康夫を詩人へ導いた最後の一押しだったとか。ここではどちらかといえば定本編集の方法論に関心がありそうだ。

 

 こんな感じで、大量の詩を読み、一部の詩を気に入り、極めて屈折して取り入れたのだろうか。知識は作者に蓄積されるのであって、〈詩〉に蓄積されるわけではない。

 

 大江健三郎万延元年のフットボール』とかボルヘスとか60年代らしい話題もちらほらある。

 

 

*1:そういえば『続続・入沢康夫詩集』が2016年から作業中らしいがいつになることやら。時間がない

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【ポケモンDP】ダイヤモンド・パール(DS日本語初期版ROM)で任意コード実行(ACE)が可能に

 

 前書き(2021/12/31)ポケモングリッチ研究の第一人者デテロニー氏による『ダイパ』ACEの解説記事が公開されました。日本勢が開発した実機セットアップやACEの応用例が十全に取り扱われています。実際にACEで遊びたい方はこちらを参照してください

detelony.blog.fc2.com

 

 比較すると、以下の記事は実践ではなく歴史語り(技術の非直線的発展)に重点が置かれています。また海外勢の研究の上に日本勢による追検証が重なり、文章内に多層の混乱が見られますが、敢えて整理していません。歴史的資料として残しておきます。

 雑多であるがゆえにレファレンス集・小ネタ集として役立つかもしれません。デテロニー氏の解説記事とほとんど内容・切り口が被っていないことも付記しておきましょう。

 グリッチ研究史は面白い、ということが伝われば幸いです。以下、本編。

 

 

 

 

序(2021/11/22)

 

 

 2021/11/19にswitch用ソフト『ポケットモンスター ブリリアントダイヤモンド・シャイニングパール』(以下、BDSP)が販売されました。オリジナル版はバグまみれのゲームとして有名ですが*1、リメイク版もバグにあふれた楽しいゲームのようです。ゲーフリの開発力大丈夫かマジで。*2

 

 BDSP発売の直前、とある動画がひっそりと投稿されていました。グリッチハンターたちが最近達成した旧作『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』(以下、DP)における任意コード実行(Arbitrary Code Execution : ACE)の解説動画です。

 

www.youtube.com

 

 

 ポケモンの任意コード実行といえば第一世代『ポケットモンスター ピカチュウ」で遊びつくす次の動画が有名でしょうか。任意コード実行の威力を端的に示す動画でもあります。*3

https://www.youtube.com/watch?v=Vjm8P8utT5g&ab_channel=MrWint

 バグポケを捕まえたりエンディングに直行するのはお茶の子さいさいで、テトリスを始めたりゼルダを始めたりマリオを始めたりPortal ED曲「Still Alve」を演奏したり。原理的には実機で再現可能というのが重要です。

 

 第一世代、第二世代ときて、第三世代での任意コード実行が達成されたのが2014年のことでした。

https://www.youtube.com/watch?v=cFS6gsrD-9Y&ab_channel=TheZZAZZGlitch

 

 では第四世代ではどうなのか? バグだらけのゲームだしACEも簡単にできるのか? それともゲームハードがDSに進化しプログラミングもよりセキュアになっている分ACEは困難なのか? 

 この問いに対する答えが冒頭の動画『Arbitrary Code Execution in Pokémon Diamond and Pearl」です。結論から言うと、ACEは可能であり、その実装は2006/9/28の発売から15年におよぶ苦難の道のりでした。

 

 以下では解説動画を自分なりに解説・抄訳します。副読テキストとしてお使いください。

 

 

[重大な注意点/危険な曲がり角]

 残念ながら元動画自体に細かい(しかし肝心な)数値に関する誤植がたびたび含まれています。模倣する方は十分注意してください。以下では大枠を記述することを優先し、細かい数値に関してあまり書かないようにします。もし書いてあったとしても裏付けが取れていない数値だと思ってください。

 動画投稿者(RETIRE氏)としても「これを見ればASE/ACEが出来るようになる」ところまで持っていくつもりはないのだと思います。あくまで概要をつかむための報告動画なのでしょう。加えてBDSP発売を締め切りとしており、あまり校正する時間がとれなかったらしいです。

 とにかく実機で任意コード実行がしたい、セットアップが知りたい、という方は本稿冒頭「前書き(2021/12/31)」や末尾「追記(2021/12/7~2022/3/8)」で紹介した各サイト・テキスト・動画をご覧ください

 ただし仕組みをある程度理解していた方が安全だと思います。そのための解説動画であり、この記事の拙訳です。

 

 

*1:裏技投稿サイトワザップでの「なぞのばしょ」アルセウス等、詰みになる誤情報が一部の好奇心あふれる子供を泣かせました。なお「なぞのばしょ」アルセウス自体は後述するように2017年に達成されています

*2:どうも開発は外注らしいです。どちらかといえばクオリティコントロールデバッグの問題。記事執筆後2021/12/02にver1.1.2で大方のバグが修整された模様。

*3:「任意コード実行」と呼ばれるものの中にはちょっとした命令しか実行できないものから本当に「任意」なものまでグラデーションがあります。第一世代はかなりヤバい方です。DPのACE自由度は今後の研究次第でしょうか。

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【n回目の革命】「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」で1st サイクルスキップ(=最初の三日間でクリア)が可能に

 

 

 

 以下はスピードランナーでもグリッチハンターでもない門外漢の筆者が、自分で理解できる範囲で勝手に解説を抄訳・拙訳したものです。翻訳に許可とれという話だったり理解不足・誤訳で記述に誤りがあったり真似してゲームソフト/ハードが壊れたりしたら、筆者が全ての責任を負います。つまるところ、公開できるレベルまでブラッシュアップした個人的メモに近いので注意してください。誤りがあれば是非コメント等でご教授ください。

 

 本稿は次のツイードスレッドの翻案に近い内容です。文中で紹介する動画「Human in First Cycle」の説明文も参考にしています。

 

 

 

 

 

ムジュラの仮面未解決問題「1st cycle skip」

 

 「ムジュラの仮面」のスピードランコミュニティでは、発売から21年間ずっと「最初の三日間(1st cycle)」を飛ばす方法が模索されていました。いやしの歌を入手しデクナッツ状態を解除するまでの「オープニング」*1区間デクナッツリンクが非力すぎてほとんど何もできないからです。デクナッツ状態さえ解除できればクリアできる、というのはfolkloreとして古くから知られていたようです。

 「スピードランを根幹から変えた」(カテゴリを増やした)と言ってよいSRM/ACEの発見、しかしこれも1st cycle skipに対しては寄与しないように思われました。*2

 「ほとんど何でもできる」「多種のセットアップが知られている」SRM/ACEですが、「岩さえ持てない」デクナッツリンクでは実行が極めて困難なのです。

 

 こちらは2021/6/27に達成された旧チャートWR(Spoo氏)。24:44の記録の内22:16までが「オープニング」です。ムービーも多いしできるだけカットしたいのは当然の欲求でしょう。「本編」が短すぎるとも言えますが。

www.youtube.com

 

 

*1:揶揄した言い方

*2:SRM/ACEについては次を参照。時のオカリナの場合ですが、ムジュラの仮面と基本的な原理は同じ。【翻訳記事】時のオカリナにおける任意コード実行について - しままのものづくり

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2021/11/16-17:ポー/エリザベス・ビショップ/ボードレール (追記:モダンとポストモダン)

 

2021/11/16 ポー / エリザベス・ビショップ

 

 ポーの詩を少し読んだ。

エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe:詩の翻訳と解説

 

 筆者の無知を晒すが、不気味と旋律の詩人にして推理小説創始者エドガー・アラン・ポー(1809-1849)と「草の葉」の英雄ホイットマン(1819-1892)は同時代人、いや前者の方が先輩の詩人だった。アメリカは爆速で物事が進む。

 ホイットマンロマン主義と民主主義とに基づく(良くも悪くも男性的で)ダイナミックなアメリカ詩世界を創出し、アメリカ文学全般の基盤となった。一方でポーの影響と名声はむしろ国外、特にフランス象徴主義にあったようだ。アメリカにはよくあることだが、ポーもまた海外の視線を通じて初めて「発見」されたのである。

 

 ポーの詩はまだイギリス詩の重力圏にあったが、音声的配慮にすぐれて逸脱している。和訳で意味をとるにせよ原文を頭の中で鳴らすべきだ。

 「Alone」における一文の途中の語句を文頭に持ってくるテクニックを読んで欲しい。「Eulalie」のポーらしからぬ牧歌を読んで欲しい。あるいは「The Raven」を見て欲しい(長いのが玉に瑕)。英語が音楽的に韻を踏みまくれる言語であることが実践で既に認識されていたのだ。「豪傑同士結合し曲げる鉄格子」状態である。

 ボードレール(1821-1867)は20年間にわたってポーを仏訳し続けた。フランス象徴主義の中でもとりわけマラルメ(1842-1898)はポーに私淑している。マラルメは難解だが同時に音楽的な詩人として知られる。

 

 それにしてもポーは文学者らしい恵まれぬ人生を辿ったようである。特に初恋の人エルミラとのエピソードはちょっと出来過ぎじゃないかと思う。

 

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2021/11/15:シェイクスピア / グロテスク・リアリズム

 

 シェイクスピアソネットを少し読んだ。

シェイクスピアのソネット Shakespeare's Sonnets

 

 Sonnet 018/060/127 の出来が良い。127は菊池成孔が『フランツ・カフカ南アメリカ』で「黒こそ美」と引用しただけのことがある。

 154中108を占める(男性の)青年への愛を歌った詩篇だが、今読むと正直に言って気持ち悪い。理由を言語化してみよう。

  1. 文学を拗らせた(英語圏最大の作家である)中年男性が10代そこらの青年の美を讃え愛を囁き続ける。この構造はシェイクスピアも織り込み済みで、対比のためときに自らを卑下する。
  2. さらに、その愛は肉体的なものではなく精神的なものだと幾度となく強調する。
  3. 同じテーマ擦りすぎ。食傷気味
  4. 詩の翻訳不可能性

 

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Civilization4(Civ4) 小屋OCCのススメ part 3/3 : 自由主義ボーナス、工業化時代以後

 

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前回前々回の続き。大科学者で哲学ジャンプ、83T官吏、117T教育、自由主義活版とオラクル建造が失敗したにしてはかなり頑張っている。しかし悲しいかな、ジャージとユスティという二大ラスボス系宗教国家に囲まれていた。そして全体的にも指導者の配置が悪い。

ユスティは勝手に王権へ戦争を仕掛けたが、ジャージは動きそうにないので対ユスティ宣戦依頼を出した。技術アドバンテージを失う。更にジャージがバチカンを私物化しユスティ宣戦を議題に出したので「ありえん!」、結果5人のNeet爆誕。イザベルは昔からジャージの自発的属国になっており、おそらくジャージはこの程度では止まらない。

この展開、仮にオラクル哲学が成功していたとして、どうにかなっただろうか?

ラクル哲学は内的な特化戦略によって120Tまでは外交状況に関係なく進行できる。しかし、突き詰めればCiv4天帝はどこまでも外交と地政学のゲームだ。根幹に大きな運要素があってその上で最善を尽くすこと、それが面白くもあり、辛くもある。*1

 

part 1 : Civilization4(Civ4) 小屋OCCのススメ part 1/3 : 小屋OCCの戦略デザイン、指導者の選定 - 古い土地

part 2 : Civilization4(Civ4) 小屋OCCのススメ part 2/3 : 立地の選定、自由主義まで - 古い土地

part 3 : ここ

 

  • 自由主義ボーナス
  • 工業化時代以降の注意点
  • 考察:小屋OCCにおけるオラクルの役割
    • ラクルは必要か否か?
    • ラクル法律した場合の哲学ジャンプについて
    • ラクル法律の戦略デザインについて
  • 余録:Cottage OCC Tips
  • [reference]

 

*1:2021年からすればこれはゲームデザインとして正しいのか、これで報酬系を回していいのか問い直すべきだろう

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