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暗い穴

なろう批評6:エロ、いくつかの

 

一番面白い詩より一番面白いポルノの方が面白い、とは誰の言だったか。

ともかく最近は詩とWebポルノ小説を読んでいて、今回はポルノの方で面白かったものを何点か紹介したい。

 

注意事項 

①作品はノクターンノベルズ掲載のものから選んだ。Webポルノ小説が全体としてどのような環境にあり、その中でノクターンノベルズはどのような地位を占めてきたか、といったシーン全体の分析は誰かやるべき仕事と思うが、少なくとも私の手に余る*1。本稿では目に付いた比較的最近の作品を個別に論じたい。

②「なろう批評」のナンバリングをしているところから察せられるように、なろう小説の延長線上で論じようとしている。エロのあるところにエロ以外を求め、エロのないところ(例えば今私の手許にある『芭蕉七部集評釈』や『三好達治詩集』)にエロを求めるのは人間の性だ。要するに面白い「文体」を目的としてポルノ小説を消費するので、非R-18のなろう小説と状況がいくらか似る。

「なろう批評」としては非R-18Web小説における(ソフト)ポルノの役割*2を考察する方が本流で、本稿はその予備段階にあたるのかもしれない。

 

 

『神話的ちんぽ』

クラス転移でボーナス無しですが神話的ちんぽでなんとかなりそうです

https://novel18.syosetu.com/n9215gg/

(あらすじ)

聖剣、時止め、目からビーム、クラス転移でクラスメイトたちは能力を得る。

だが、男たるもの自前のちんぽがあればいい。

あらゆる艱難辛苦をちんぽ一本で乗り越える。

女敵幹部もメイドも迷宮も先生も宇宙要塞も、自前の神話的ちんぽを使ってえっちでなんとかしていく、ゆるふわえっち系ふぁんたじー!

または神様がどのようにして作られていくのか、その信仰の過程を追っていく過程で宗教勝利をするお話です。この作品はいかなる人物団体宗教とも一切関係ありません。

 

感動した 泣いた 爆笑した

近年ますます激化しつつある男性向けポルノの傾向として、男性器の物神化・フェティッシュ化を指摘できる。例えば寝取り/寝取られは、経済力・権力・その他諸々よりもまず「おちんぽ力」の優劣から生じるべきという規範が流通している*3。この荒唐無稽なファンタジーによって安全な男性向けポルノ=商品になっているらしい。身体表象はエロイラストにしやすいという事情もある。

男性器の物神化を突き詰めようという趣向はありふれている。特にファンタジー系の長編ポルノ小説だと、男主人公が神まで上り詰める過程(非R-18のなろう小説でもしばしば見受けられる)で、彼の性器まで神のごとくなりがちだ。

だから『神話的ちんぽ』の美点は、アイディアそのものではなく、アイディアを実装する気高い文体にあった。

 

次は主人公「大峰」とヒロインの1人「高見ちゃん先生」の初性交シーン。

 

「こ、こんどは、こっちが脱がしますっ」

 

 高見も上の方から服に手を掛ける。シャツのボタンを外すのにも四苦八苦をしつつも上半身を脱がすのに成功をする、そうしてためらいがちに、膝立ちになってその手は下半身へと伸びていく。

 

 

 ――瞳を開けて見れば、

 ズボンの膨らみを見て赤面し、

 

 

 ――抽象を伴わない真理が、

 ズボンに手を掛け、

 

 

 ――ただ慄然とあるだけだった。

 ゆっくりと下に降ろした。

 

 

 表層界へと顕れた陰茎がぼろんと飛び出せば、高見の顔を叩いて天を指した。

 

「――あ」

 

 そして、何が起きたかを理解して。曇りのない眼で"本物"を見つめた。

 

 

 途端に、一筋の涙が溢れた。

 

 

「わ……分かりました」

 

 声を出すのにも、自分の勇気を絞り出す必要があった。それでも声は震えていたし、不安に満ちた声の色だった。それでも、その放つ雰囲気からは負の感情は一切感じられない。

 

「…………」

 

 大峰は、無言で見つめ、次の言葉を待つ。

 

「――信じます」

 

 それだけだった。

 

 すっと涙は消え失せ、先程の何か形容できないようなものを得たという状態はすっぱりとなくなり、高見はふにゃっとした笑みで大峰の陰茎を恋する乙女のように見つめた。

 

(「第二十一話 よって啓示は下される」)

https://novel18.syosetu.com/n9215gg/22/

 

これは宗教の悪質なパロディ、というよりは、真摯に見えなくもないパスティーシュ(模倣)だ。あるいは、現代資本主義社会においてポルノが宗教の代わりを果たすことの示唆か。ファルス=ロゴス中心主義への警鐘か。作中では「大峰教」という「異教」の男根信仰が異世界の既存宗教を駆逐する。

ポルノ小説としては稀に見るほど崇高で、思わぬ角度からグロテスクである。

 

ついで主人公「大峰」の演説シーンを見てみよう。「ラティウム」は主人公が「神話的ちんぽ」で調略した悪の大魔族である。

 

 ふと、こうしてみると、ところどころから熱い眼差しが送られてきているのが分かる。明らかに好意的な、それらの視線にぼくは、ぼくは。

 

 

「はじめに、ラティウムは死ななければならない」

 

 

 応えたくなってしまった。

 

 やっべ。どうしよう。ついつい何時もの持病でその場ウケすること言っちゃったぞ。ラティウムをチラ見すると、何かワクワクと期待を向けるように、弾けるような笑顔だ。

 

 群衆にも聞こえるように張り巡らされた呼応する水晶玉によって拡散されていく。一瞬の静寂は終わり、明らかに周囲も騒めく声が広がっていく。それどころか、グローリアさんもいくらかの動揺を見せている。シャーリエさんすら、顔から表情が消えている。

 

「これより、ラティウムがともに迷宮へ向かいます。そうして万に一つや億に一つでこれを攻略することでしょう。そうなれば、何千何万の人々を救うことになることでしょう。それでもラティウムの咎は晴れることはありません。死者は死んでいるので赦しを与えることが出来ないのです」

 

 大衆からの戸惑いの声に混ざって、そうだ、と叫ぶものが現れた。人々の興奮は目に見える形になって、徐々に怒声の割合が大きくなっていく。よし、雰囲気アトモスフィアだ。ぼくはこれを使う。勇くんが殺気を読めるなら、ぼくは空気が読める。適当にそれっぽいことを言って誤魔化そう。

 

「よって、正しい怒りの為にラティウムが死ぬ前に、何千何万の人を救った報いもしなければなりません。あなたがたの救い主に何も与えないなどということが正しくないように」

 

 怒声が罵声に変わった。息を荒げて人々は叫ぶのだ。まず殺したのだから罰からだと叫ぶ人もいれば、命じたものが救うのであり、ラティウムはただの道具だという声であったりする。こりゃ収拾付かんな。あまり望まれていないようだし、これで終わらせるか。

 

「以上、頑張ります」

 

(「第八話 演説は好きですか?」)

https://novel18.syosetu.com/n9215gg/9/

 

正直に言うと、この作品の最良の部分はポルノ描写に現れていない。いや、短編が月間ランキング上位にランクインするように、ポルノも書ける作者ではある*4。しかし本編40万文字の長編『神話的ちんぽ』においては、キャラ立てやギャグや文体と比べると、エロの書き分けで息切れしているように見える。

一方、建付けとしてのポルノは最良の部分を発揮するために絶対必要である。性交シーンにおける「――信じます」の(どこが露悪なのか分からない)崇高さは、物神化の対象が男性器である必要性は全くないのだが、しかしポルノ小説の枠組み抜きに達成できただろうか。猥雑なエロは「美」にならなくとも「崇高」に辿り着き得る。逆に、現代において「崇高」に辿り着くルートはそう多くない*5

演説シーンの方はポルノの枠組みを必須としていないけれど、コメディ寄りのポルノでこういった場面に出会う「ハプニング」の喜びは確かに存在する。

 

最後に、救世主物語では必ず問題になる箇所を挙げる。

主人公の相棒であり、世界を呪うズーフィリア兼獣医志望の名キャラ「三郎丸」の科白。

 

 三郎丸は真面目な顔つきで話そうとして、何かに気付いたのか少し鼻で笑ってから、いつもの皮肉げな顔つきに戻してから言った。

 

「あいつに自分を救ってくれ、って本気で思ってください」

 

(「第十一話 叩けよ、さらば開かれん」)

https://novel18.syosetu.com/n9215gg/12/

 

『神話的ちんぽ』の場合、プロットの意図と連載のライヴ感によって主人公は、売春するHACHIMANのごとく設定が盛られ続け非人間的に描写されていった。結果として上の問いは宙づりになったように見える。

これから『神話的ちんぽ』を読まれる方は頭の片隅に入れておくとよい。

 

 

オホ声

Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青

アルチュール・ランボー「母音」)

 

これほど速くOもIも書かれたことはなかった、

この者に火がつき燃え上がったようには。そして全身が

崩れ落ちて灰に帰してしまった。

(ダンテ『新曲』地獄篇・第二四歌・100-102行 原基晶訳)

 

オホナムチ(大国主神

ヤマトタケル(小碓:ヲウス)の双子の兄オホウス(大碓)

 

なぜオホ声なのか。

音韻上の理由。

喘ぎ声のメタゲームが回った結果。

日本語においては「オホ」が「大」に通じるような、益荒男ぶり。

「オホ泣き」「オホ飯」等の用法もある。

 

喘ぎ声は基本的にパフォーマティヴ(行為遂行的)な発話である。例えば、「イキスギ」ることがコンスタティヴ(事実確認的)な水準でどのような意味なのかを問うても仕様がない。

性交は常に演技性を伴い、そこから不安も生じる。この不安を解消するには、喘ぎ声をコンスタティヴな水準で「行わせれば」よい。ゼロ年代後半の男性向けエロコンテンツで発展した「過剰に説明的な淫語」(「みさくらなんこつ語」が代表的)の背景にはこのような事情があった*6

「過剰に説明的な淫語」は男性にとって安心であり、場合によっては興奮をもたらし、明らかに面白い。つまり「過剰に説明的な淫語」には明らかに無理があるから、普通ならその発話はめちゃくちゃパフォーマティヴになる。だが高度に荒唐無稽な約束事(記号性の再確認)または記号性を忘却させる筆力(音声作品の場合は声優の演技!)によって、当初の意図通りコンスタティヴな発話だと承認される状況が面白い*7

奇矯な喘ぎ声はゼロ年代後半からずっと需要があり、近年オホ声に至るまで発展した。最近の捜索スレッドとして次を挙げておく。

 

【不特定】最高に興奮する「屈服宣言」が欲しい!!

https://syosetu.org/?mode=seek_view&thread_id=32092

 

オホ声の形成史を正確に辿ることは難しい*8。2021年初頭に音声作品・ASMR方面で大ブームが起こったことだけおさえておこう。

 

紹介したいのは次の作品。

 

僕の彼女の雨宮結奈様は良家のお嬢様だけど、エッチの時はチンポが気持ちよすぎて「ヤッベ♡ チンポ気持ちよすぎです♡ マジふざけんなぁっ♡」とブチ切れながら罵倒オホ声喘ぎをしてくる

https://novel18.syosetu.com/n6099in/

 

タイトルが全てを説明している。

 

余談。あらすじに「ブチ切れ罵倒オホ声シチュのエロがまったく無いので書きました。」とあるように、ノクターンノベルズに「罵倒オホ声」の作例はない。DLsiteからインスパイアされたのかと思いきや、管見の限りDLsiteにも類似の作例はない。「罵倒→オホ声」ならあるようだが

容易に想像できるように、基本的に罵倒は「屈服前の仕草」、オホ声は「屈服後の仕草」であって、2つが共存することはない。「屈服中」のこととすればできるかもしれないが、ちょっと忙しすぎる。「追記」参照。

『罵倒オホ声』は「屈服」とは関係なく「趣味・性癖」の問題としたところに発明がある。「罵倒オホ声」の発話はあくまでパフォーマンスであり、その目的は女性主体が自分を盛り上げるためのもので、自発的かつ意識的に行っている、というよく分からないバランスのとり方をしている。よく思いついたなこれ。

ここに関係性萌えを見出すこともできそうだ。カプ廚におすすめ。「こんな下品な本性をさらけだしてくれる雨宮様に、僕は興奮を覚えている」「ひどいことどころか、めちゃくちゃブチ切れてました……とは僕は言えなかった」じゃあないんだよ。

 

追記:有識者によると、上の記述はオホ声エアプすぎて重大な読み違えをしているらしい。オホ声が「ギャル」「逆レイプ」「ソフトM」などと結びつき、激化して「クソッタレ」のような罵倒オホ声が出てくることもままあるとか。その際オホ声は状況をなんとなく「和姦」に持って行く役割を果たす。

また音声作品の台本と小説(・漫画)には単純にして重要な違いがある。ASMRには男性主体の発話が登場しない。一方『罵倒オホ声』の系譜は、男性発話を表現上欠くことができないのではないか。ここでオホ声研究における「アダプテーション*9概念の重要性が浮き彫りとなる。

『罵倒オホ声』はかなりメタを回して出た作品のようなので、「発明」を主張するならシーン分析がまず必要だ(上の理由からpixivのオホ声作品をdigるべき)。それでもこの作品に出合ったときの衝撃──騎乗位ではなくおそらく正常位で(「僕が腰を振るたびに、雨宮様が信じられないくらい下品な喘ぎ声をあげる」)、あらかじめ「和姦」で、「罵倒オホ声」を好き勝手まき散らしていることの笑いとドン引きを記録しておきたい。

 

追追記:

「うるさいっ♡ マンコの中にだせっ♡ 中だしでイかせろっ♡ ガキできても知るかっ♡ あ゛~♡ クッソ♡ イックっ♡ アクメかますぅ~♡」

創世神話

 

 

催眠

クラスの女子たちと催眠アプリごっこ~偽の催眠アプリだけど女子に催眠されているフリをしてもらって遊んでいたら、どんどんエッチな雰囲気になって最終的にドスケベハーレムセックスしてしまった~

https://novel18.syosetu.com/n8889im/

 

構想が壮大で感心させられる。

男主人公にとってあまりに都合のよい展開・設定(「最終的にドスケベハーレムセックス」や「偽の催眠アプリ」によって合意形成する点)に対する気持ち悪さ・笑いが先立つかもしれないが、自分は「迷いの無さ」の方が気になった。「これ」を書いていて照れ(照れ隠しのギャグ・過剰なエロ)がなく、冷静にキャラと情報を差配し続ける胆力がすごい。迷えば敗れるのなら、迷わぬこと。

文章に迷いがないとしても、文章への価値判断、ポルノ小説の水準で「上手い」と言うべきかは迷うところがある*10。しかしなろう小説・ノクターンノベルズの環境に最適化して鍛えられた文体なのは確かだ。情報伝達率が高い=「透明な言葉」=説明的という意味で「上手い」文章なのだろう。

 

 

おわりに

今回はコンテクスト分析よりテクスト分析を志向しながら、ポルノの枠を案外強固に保っている『神話的ちんぽ』を論じた。『ハイスクールハックアンドスラッシュ*11のような骨太ダークポルノファンタジーはストーリーと文章の重厚性が語りを誘発するが、そうでない作品はどう批評すべきかという問に取り組んだつもりだ。個人的に、エロなるもの以上にストーリーなるものに興味・関心を保てないという事情もある。

結果として、冷笑的・露悪的にポルノの非ポルノパートにばかり注目することになり、ポルノ批評とは言い難いものになった。冒頭で述べたように「なろう批評」の方が実態に近い。

『罵倒オホ声』は逆にポルノに入り込みすぎ。もっと音韻上の話をしたかった。 

ポルノ小説を論じる際は、ポルノパートは大体似たり寄ったりで差異化しにくいという問題、読者の期待の地平を破壊するような批評的な作品ばかり論じてポルノを論じたことになるのかという問題、表現上の差別的性規範をいかに扱うべきかという問題、はてブだと露骨な性描写が規約上取り上げにくいといった問題が生じる。これらは今後の課題としたい。

あとはポルノ詩の実作を試みることだろうか。

 

エロあるよ(笑)

しかし……

 

 

 

 

*1:ノクターンノベルズの印象だけ述べておくと、「閉鎖的」「年齢層高め」「ネタの輸入を外部に頼っている(これは要検証)」ことから、安定期から衰退期へさしかかったコミュニティに見える。少なくともPixivの活発さとは性質が異なる。

*2:例えば蘇我捨恥『異世界迷宮で奴隷ハーレムを』で最初の奴隷ロクサーヌと出会った場面「しかし揺れた。/確かに揺れた。/俺の目が、胸元の揺れを観測した。/あの揺れだと中身は相当のものだろう。」「話をごまかした。/ロクサーヌを買えるのか?/あんなに綺麗な女性を。」を想起せよ。叙事詩ともハードボイルドとも軍記物語の仏教的無常観とも言える。https://ncode.syosetu.com/n4259s/12/ 

*3:三四郎』の夏目漱石や『響きと怒り』のフォークナーがこれを見たらどう思うだろうか。

*4:個人的に爆笑した『クリスマスにだる系彼女の前でハメ撮りみてオナニーしてハメるやつ』を挙げておく。https://novel18.syosetu.com/n5323gr/ 

*5:「推し」の「尊い/てえてえ」性が崇高の感覚なのかは議論の余地がある。カントらの崇高論を参照。崇高 | 現代美術用語辞典ver.2.0 余談。ゲーム『ブルーアーカイブ』は作品内で「崇高」がキーワードになっているらしく、原作/二次創作の性的利用との関係性が本稿の議論からは興味深くなるかもしれない。

*6:宮本直毅『エロゲ―文化研究』pp.215-218

*7:「長文事実確認」については谷川嘉浩『異世界系ウェブ小説と「透明な言葉」の時代』も参照。コンビニ食品の商品名まで含めて1つの時代精神を築いているかもしれない。谷川嘉浩 異世界系ウェブ小説と「透明な言葉」の時代|文化|中央公論.jp 

*8:おほ声とは (オホゴエとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 

*9:作品が他の表現メディアの形に置き換えられること。文学研究においては文学・映画間の翻案が取り沙汰されることが多い。今回では小説とASMRになる。

*10:ちなみに作者は非R-18で書籍化作品を持っている。 https://twitter.com/taito_crow 

*11:https://novel18.syosetu.com/n7298ei/