2年前、『ムジュラの仮面』はACE（任意コード実行）によって最初の3日間だけでクリアが可能になった。
「1st cycle skip」とは、チュートリアル区間と呼ばれる最初の3日間で人間リンク状態になること。これはムジュラ界隈の長年の夢であり、2019年末SRM（Stale Reference Manipulation）*1/ACEの発明以降もおいそれと手出しできる領域ではなかった。ACEはたしかに何でもできる。けれど、最初の3日間のデクリンク状態は出来ることが少なすぎて、ACEまで辿り着けそうにない。2021年末、非自明なアイディアを積み重ねてようやくデクリンクでもACEが可能になった。
今回最初に紹介するのは、夢の1st cycle skipがSRM/ACE抜きで出来るようになったという話。
2つの1st cycle skip
2023/12/03に投稿されたこの動画では、「Down A」*2と呼ばれる古典的グリッチの新たなヴァリエーション「Ledge Down A」を元に、いくつものグリッチを組み合わせて「Turn Human in 1st Cycle [no SRM/ACE]」を達成したと主張している。
面白い内容。しかし明らかな問題として、他のセーブファイルを使っている点が挙げられる。タイトルに偽りあり。さらにTAS含むスピードランでは遅くて意味がない。
明らかにヤバイのがこの2023/12/17に投稿された動画。デクリンク状態から壁抜けするだけでカーフェイの隠れ家に入れてしまう。これまでの我々の努力はなんだったのか。
課題は、まず現状（2023/12/29執筆時点）RTA-viableでないこと。位置調整に0.1~0.01unitが要求されめちゃくちゃシビアらしい。←すぐセットアップが作られた。次を参照。
Laundry Pool Clip Setup - YouTube
次にRTA-viableになったとして、no SRMのカテゴリに革命が起こりそうで起こらないこと。ムジュラのアイテム入手系グリッチが豊富でないことに起因する。
時オカで猛威を振るったRBA（Reverse Bottle Adventure）*3はムジュラではほとんど修正されており、オカリナしか手に入らない。時代変遷が絡むBA（Bottle Adventure）は原理的に不可能。というわけで、SRM以外ではGIM*4とWeird B*5しか残らない。GIMは時オカにもあるグリッチで、ムジュラだと光の矢・オカリナ・弓矢の3種しか手に入らない*6（後述するようにAny% NMGの新ルートではGIMがうまく噛み合っている）。Weird Bはムジュラ専用のグリッチで、これも入手できるアイテムが微妙なため現状100%でしか使われていない。
1st cycle skipとの組み合わせを考えると、歌・仮面を不正入手できないのが致命的だ。最初の3日間で人間になったとして、いやしの歌がないとゴロン・ゾーラの仮面が手に入らず、いやしの歌には時の歌が必要。そうなると、飛ばせるムービーがない。最初の3日間で人間になる意味が希薄だ。
今のところAll Fairy Rewards（全妖精回収RTA）では15秒前後しか短縮できないと検証されている。
human 1st cycle comparison - YouTube
100%なら恩恵があるという話を小耳に挟みんだ。短縮幅不明。
The Holy Grail of Majora's Mask Speedrunning is Here! (First Cycle Skip) - YouTube
どう考えてもブレークスルーなのに、RTA的にはそうでもないという奇妙な状況。歌・仮面がもっと容易に手に入ったら革命が起こるのだけれど……。
人間の欲望はとどまることを知らない。
一応、category extensionsにあるSRMカテゴリはこれで全部ひっくり返るはず。SRMは歌・仮面が自由に手に入るからだ。
←天文台SRMでアイテムを入手する際、時のかさね歌が必要で、そのために時の歌が必要。結果として1st cycle skip + ムーンワープSRMで終わるDefeat Majora（ムジュラ撃破RTA）しか更新余地は生まれない。残念！
Defeat Majora WR at AGDQ 2024 - YouTube
2024/1/19、AGDQ会場で出た世界記録。no SRM 1st cycle skipにより27:19から21:17まで縮まった。なおSRMカテゴリはACE禁止のため、2年前のACE 1st cycle skipは取り入れられていない。
Any% unrestricted（何でもありクリアRTA）
2年前の1st cycle skipは、任意コード実行が許可されているAny% unrestrictedでのみ現状使われている。2023年7月から9月にかけてこのカテゴリで恐るべきことが起こった。
サンダーボルト氏が世界記録を18:17から17:27まで縮めたのだ。何がヤバイかというと、チャートは全く変わってなくて、操作最適化とボス運だけでここまで縮めている。いや、おかしいだろ。
RiJW2023に解説付きランがあり。
ゼルダの伝説 ムジュラの仮面 - RTA in Japan Winter 2023 - YouTube
Any% No Major Glitches（SRMやデバッグメニューなど壊れすぎるバグだけ禁止クリアRTA）
ムジュラの花形カテゴリにして世界記録狙いが激ムズとしてよく知られるAny% NMG、これが今熱い。ルート変更で1:13台に突入した。
裏には様々なドラマがある。
ムジュラRTA界隈には元々EnNopp112氏という伝説的走者がいて、長い間絶対王者だった。Any% NMGでは2019年4月に1:15:29という世界記録を出している。氏は2020年のSRM/ACE期もSRMカテゴリでしばらく記録を出した後、突如引退を表明した。
その後、2022年3月にpopesquidward氏が3秒だけ抜いて世界記録を取っている。Any% NMGのルートは「HESS Lullaby skip」など難しい技の目白押しなので、これは本当に偉業だ。speedrun.com上のコメントが「After 5 years.... BRUH!!!!!!!!!!!」なのも泣ける。
しかし2023年9月、これまた突如カムバックして4か月くらい経ったEnNopp氏が、1:14:54の記録で世界を奪還した。前より若干難しくなった新ルートを使って。この男、ムジュラが上手すぎる。
ところで現在は、TheHumanProtractor氏が2023年12月に出した1:13:52が世界記録になっている。王者が孤独でないというのは幸運なことなのだろう。この記録はすでに結構煮詰まっていて、高難易度グリッチをほとんど全てミスなくこなし、ボスも良い乱数を引いている。それでもEnNopp氏は抜き返すことを狙っているようだ。
ルートの内実についてコメント。
細かいところを見ると、Index Warp*7のための場外フクロウ像の起動からしてセットアップが違う（bank clip）。他にボス戦後のムービースキップには、2023/10/14発見の「Songless Remain's Escape」という技が使われている。
NEW Glitch in Majora's Mask just got BIGGER (Songless Remain's Escape) - YouTube
マクロに見ると、チャート構築上の大きな違いは次の3つ。
①Remote Hookshot*8の利用（そのためのミルク回収）
②Action Swap*9の利用（炎の矢を回収せずゴートの氷を解かす）
③GIMの利用（光の矢をグレートベイの神殿で回収）
①は2020年に見つかったグリッチ。このチャートが出来たのは、popesquidward氏が世界記録を取った2か月後の2022年5月。
any% NMG expert route (with hookshot) - Pastebin.com
このチャートでAny% NMGを走る人は何人かいたが、EnNopp氏が現れるまで世界記録更新まで詰める人はいなかった。
追記：2024年2月、にわかにAny% (Race file, No ISG, No SRM)が盛り上がっているので紹介する。カテゴリの説明からしよう。
①レースファイルとはレースイベントなどで使われる規格化されたファイルのこと。最初の3日間をクリアして、「オカリナ」「時の歌」「いやしの歌」「デクの仮面」「銀行に99ルピー」のある状態から始まる。ムジュラRTA冒頭の競技性の低い20分を飛ばした形。
②ISG（Infinite Sword Glitch）とは日本語で「残像剣」と呼ばれるグリッチのこと。空中ボムホバーなど数多の派生グリッチを持つ超基本技、残像剣を禁止するのがこのRTAの主旨だ。
③SRMを許可するとムーンワープSRMで5分で終わるから当然禁止。
Any% in 01:04:34.400 by ki9698 - Majora's Mask Category Extensions - Speedrun.com
Remote Hookshotが空中挙動を担当してくれるおかげで面白いチャートになっている。特にRemote Hookshotを使ったゴロンのララバイスキップ*10は新鮮で面白い。他にもAction Swap（Deku Spear）を使った場外フクロウ像の起動など、普段見ないストラトが盛り沢山。
ちなみに時オカのcategory extensionには現状No ISGが存在しない。時オカではRemote Hookshotができず、代わりに正規アイテムのホバーブーツがある。残像剣を禁止すればその分だけグリッチレスに近くなるだろうか。
*1:以下、脚注でグリッチの最低限の情報を補足したり資料を紹介したりする。煩雑のきらいもあるので、適宜読み飛ばされたし。
SRMは無を取得して悪さするやつのこと。技術的解説は難しい。
【RTA】ゼルダの伝説 時のオカリナ 7分49秒でクリア【字幕解説】 - YouTube
δ：ゲーム-時オカ・ムジュラ カテゴリーの記事一覧 - 古い土地
*3:Bボタンが空きビンになってアイテムが勝手に増えているやつ。BA（Bottle Adventure）含め、必要ならZeldaSpeedRunsなりYoutubeなりを参照。
Reverse Bottle Adventure - ZeldaSpeedRuns
*4:宝箱の前に行ってAボタンを押すが開かず、水上でアイテムゲットのモーションが出るやつ。時オカとムジュラで（難しい）原理は変わらない。次を参照。
ゼルダの伝説 時のオカリナ 新バグ技紹介・解説 Get Item Manipulation - ニコニコ動画
*5:100% NMGではタツノオトシゴを入手するのにピンポイントで使う。
[RTA]ゼルダの伝説ムジュラの仮面 100% No Major Glitches 4:48:34 part8 - ニコニコ
*6:次にムジュラのGIMで入手できるアイテムのリストがある。
Get Item Manipulation - ZeldaSpeedRuns
*7:場外フクロウ像叩いた後に、ポーズ画面開いてマップの変なところにカーソル合わせて大翼の歌を吹くやつ。
【解説動画】ムジュラの仮面 新バグ技 Index Warp(Wrong Soaring) - ニコニコ
*8:ミルク飲んだあとフックショットが複数本出て空中浮遊しているやつ。次の動画を参照。
ゼルダの伝説 ムジュラの仮面 新技 リモートフックショット - ニコニコ動画
*9:「Quickdraw（とりだしキャンセル）」というグリッチからの派生。デクの棒が炎の矢になったりするやつ。さらにこのデクの棒に火をつけるとめちゃくちゃ後ろ方向に伸びたり。
【ムジュラ3D】デクの棒から火のついた矢を穿つ「Action Swap 」について解説！【ゼルダの伝説 ムジュラの仮面3D】 - YouTube
Quickdraw / Action Swap - ZeldaSpeedRuns
*10:ゴロンのララバイ（やゴロンの仮面）を入手せずスノーヘッドの神殿まで強行突破するグリッチ。HESS法、ゴロンリンク状態の転がり法の2つがこれまで使われてきた。
