古い土地

暗い穴

2023年に読む『魔法先生ネギま!』二次創作(前編)

 

 副題:軽く『ネギま』のおすすめSSを紹介するはずがいつの間にかWeb二次創作小説をめぐる三部作になってしかも前後編に分割していた件

 

前書き

 

 きっかけはなんてことなかった。ある日ふと「そういえばこれまで『魔法先生ネギま』(2003-2012年、以下『ネギま』)の二次創作*1をなんとなく避けてきたな。よし、読もう」と思い立ったのである。

 同時に「せっかくなら『2023年に!? 『ネギま』二次創作を読む』みたいなタイトルで記事を一本書こう」ということで、読書と並行しながらメモを書き始めた。しかし、ある程度溜まったところで気づく。「当時の人気作品をネタに今書こうとすると、『ネギま』二次というよりむしろ「二次創作」シーン全体の話になってしまうな」と。

 いや、本当は最初から予見していた。「どんなものもその9割はゴミだ」とはSF作家シオドア・スタージョンの言だが、「転生オリ主*2が大流行した2008-2012年の「二次創作」シーンにおいてその傾向は著しい。個別のゴミからゴミの山全体の話を引き出さないと、記事を書く意味がない。

 ついでに言えば、「転生オリ主の時代*3を語るにあたって、『ネギま』二次である必要性は一切ない。当時「二次創作」が流行った作品――例えば『ネギま』と並んで当時「三大原作」と呼ばれていた『魔法少女リリカルなのは』(2004年-)や『ゼロの使い魔』(2004-2017年)――ならだいたい似たような話ができる。ここが恐ろしいポイントだ。

 私たちの扱う「二次創作」シーンにおいて、作者が参照するのは原作よりもむしろ周囲に存在する「二次創作」である。界隈の人々は原作未読のまま「二次創作」を読むし、ときに書いたりする。「二次創作」のくせに原作が違っても同じような話ばっかりで、そこには「二次」性も「創作」性もない*4

 

 以下では界隈に詳しくない方をある程度意識し、『ネギま』の二次創作を具体例として取り上げながら、「原作への愛」や「丁寧な解釈」などから遠く離れた位置にある「二次創作」シーンを紹介していきたいと思う。「転生オリ主」の発生史を扱った前回の記事も必要に応じて参照していただきたい。

「転生オリ主」の出現――「憑依」と「オリ主」の落ち合うところで/「トリップ夢主」の方へ - 古い土地

 25000文字といささか冗長になったが、本質的には笑えるC級SS(一部普通におすすめできる面白いSS)を愛好するだけの軽い文章なので、よろしければお付き合いいただきたい。

 

 

 

 

ネギま』原作の概要

 

 『ネギま』の内容を軽く紹介しよう。

 『魔法先生ネギま!』は『週刊少年マガジン』(講談社)で2003-2012年に連載されていた少年漫画。初期の「学園ハーレムラブコメ」の系譜に位置付けられる。物語序盤はエロコメ要素が強く後半にシリアス要素が増えていく点もそれらしい。

 作者赤松健の前作『ラブひな』(1998-2001年)は現代的な「ハーレムラブコメ」の祖に据えられる、「オタク」史において非常に重要な作品だった。前作からのスケールアップを企図してか、『ネギま』では「女子中学生31が10歳の子供先生兼魔法使いである主人公ネギ・スプリングフィールドの担当生徒として登場し、全員潜在的にヒロイン格として扱われる」構造を採用している。流石にギョッとする女性キャラの多さだ。これは人気投票を反映した出番調整を前提としている*5。膨大な「ヒロインカタログ」はまさしく東浩紀の言う「データベース消費」であり、二次創作の独特の治安の悪さに一役買っているようだ。

 学園ハーレムラブコメとしては世代を下った『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』(2009年-)も「女ばかりのクラスに男一人」の設定だが、こちらは最初からヒロインの数を絞っていた。

 

 『ネギま』は2000万部の売り上げを誇る人気漫画だった。しかし、人気だというだけで二次創作が増えるとは限らない*6。男性向け二次創作の界隈において『ネギま』が人気になった理由を考えてみよう。

  • 女性キャラが可愛く、「萌え」て、(性的に)魅力的である。ラウンドキャラクターというよりフラットキャラクターとしてキャラが立っている。キャラ萌え・キャラ消費の時代に何よりも重要なポイント。
  • 設定の懐が深く、隙も多く、オリキャラやクロスオーバーをねじ込みやすい。原作に日常も戦争もバトルもギャグもラブコメもシリアスも含まれており、展開の自由度が高い。「全寮制の巨大学園や旧図書館、超科学とオカルトの共存」といった設定は『蓬萊学園』(1990-97年)が元ネタとなっている*7
  • キャラ萌えを主とした結果、設定や展開にツッコミどころが多く、「自分ならこうする」といった再構成の欲求がくすぐられる。原作へのファン心理よりむしろ不満の方が前景化した「アンチ・ヘイト」ものの二次創作が生まれやすい土壌でもある。2012年頃には「ネギまでアンチなしは諦めた方がいいレベル」とまで言われている*8

 

 

コラムA:二次創作と悪意/二次創作とポルノ

 

1.

 原作を読み込んだアンチ・ヘイト二次創作はときに原作の批評として適切だ。けれど私たちの2008-12年は、原作を読んでいない人がアンチ・ヘイト二次創作をいくつか読んだだけで無邪気に悪意を自己目的化しながらアンチ・ヘイトものを書く、コピーされた憎悪の時代であった*9

 「処刑」「復讐」「悪意」「説教(SEKKYOU)」*10はいつの時代も人の心を惹きつける。それらをここまで露骨に表出してよいことの気づきは、「転生」と同じくして「二次創作」シーンから「小説家になろう」に受け継がれたのだと思う。「なろう」の「集団転移ざまぁ」「婚約破棄ざまぁ」「追放ざまぁ」といったジャンルに端的に現れる、スカッとすることへの欲望。

 

2.

 「キャラ萌え」「ガバガバな設定」はテクスト二次創作(漫画→文章)のみならず漫画二次創作(漫画→漫画)がやりやすい条件でもある。ゼロ年代には「コミックマーケットで(エロ)同人誌を買うことがオタクの嗜み」のようなオタク規範が形成されてきた*11。「漫画・アニメ・ラノベを差し置いてエロゲ―が一番偉い」ともされた時代だ。

 赤松健自身、1997年からホームページを開設しており*12、1991年からコミケに参加している(東京ビッグサイトに会場を移したのが1996年)。『ラブひな』『ネギま』連載時には商業では乗せられない自作の小ネタを頒布していた。「予め二次創作されている」データベース消費の実際の二次創作のあり様を彼は把握しており、「二次創作しやすい作品にする」戦略まで意識的に立てていたかは不明だが、「流行ったら二次創作される」ことはよく理解していたはずである。現在の政治的スタンスにおいてもしばしば著作権との衝突を起こす二次創作に許容的だ。なんなら赤松健の次作『UQ HOLDER!』(2013-22年)は『ネギま』の続編でありセルフパロディの性格が強い。

 とまれ、二次創作小説においても「萌え」の記号性とポルノ性は私たちにつきまとってくる。どこまでも、幽霊のごとく。

 二次創作の共同体の渇望と無数の手が向かう先、彼らが求めた「水」*13とは一体なんだったのだろうか。それは単一のものだったのだろうか。彼らのうちには、ゼロ年代オタク規範に影響されつつも「ニコニコ動画」(2006年)などに触れた新しい世代が台頭しつつあった。

 

 

 

1995-2008年:個人サイトの時代

 

 「転生オリ主」以前の二次創作史を必要な分だけ概観したい。

 

 黎明期のウェブ(パソコン通信からインターネットになったのが1995年頃)における二次創作文化は、今「SS(ショートストーリー)」の名に残っているように短編中心だった。本編から大きく逸脱することがなく、オリキャラやオリ主の入り込む余地など当然ない。

 やがて長編の傑作と呼ばれるような二次創作もポツポツと生まれる。例えば『新世紀エヴァンゲリオン』(TVアニメ1995-96年)を原作とした『錬金術師ゲンドウ』(96-?年)。

 当時二次創作を掲載していたのは専ら個人サイトで、自分で管理するのも、他所のサイトに掲載してもらう(これが主流)のも、感想を貰うのも、今からすれば難があった。それでも原作ごとに二次創作を集約する比較的大規模な投稿サイトが現れ、匿名掲示板が現れ、個人サイトを集約する検索サイトが現れ、二次創作のメタゲームが駆動し始める。原作原理主義の流れを断ち切る「魔改造主人公」の登場だ。『エヴァ』の「スパシン(スーパーシンジ)」や『Kanon』(1999年)の「U-1(主人公相沢祐一のもじり)」がつとに有名である。世代的にはだいぶ後になるが、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(2011年-)の「HACHIMAN」*14も面白い現象なので名を挙げておこう。

 「U-1」は酷かった。しかもその酷さは非常に現代的な水準であった*15。「メアリー・スー」「ニコポ・ナデポ」「テンプレ」「最低系」「銀髪オッドアイ」といった揶揄が飛び交った。『Kanon』は「泣きゲー(エロゲ―のうちシナリオに特化したもの)」として評価されていたはずなのに、人が集まりすぎた結果*16日常描写メインの原作とは一切関係がない「戦闘系」二次創作が大流行する。さらに「U-1」が別作品世界やオリジナル異世界に行くジャンル「アナザーワールド」が大流行し、今「なろう」でよく見る「転生トラック」「ギルド」「冒険者」「ランク制度」といったテンプレもここで整備された*17。意味不明である。原作ゲームをプレイしていない人は書き手・読み手ともにかなり多かっただろう。

 ここまで原型をとどめないなら、オリキャラ・オリ主も許されるだろうという風潮が生まれてくる。オリ主の普及は2004年初頭に萌芽が見られ、「二次創作」界隈全体で広まったのは2006年頃のこと。

 また、クロスオーバー(原作を二つ掛け合わせた二次創作)や多重クロス(三作品以上のクロスオーバー)も普及した。こちらは2000年以降の2ちゃんねるSS板の影響も大きい。悪名高き「能力だけクロス」(例えば「『ネギま』二次創作でオリ主だけ『ドラえもん』の四次元ポケットを持っている」等)はこの時代の産物だ。

 

 

 2008年までの『ネギま』二次を眺めてみよう。

 

http://www5f.biglobe.ne.jp/~sinkarou/information/10.htm

 これは個人サイトの時代から二次創作を紹介している個人サイト「裏道街道」。06年の時点で『ネギま』と『Fate/stay night』(2004年)のクロスオーバーが二つ挙げられている。

 『ネギま』と『Fate/』のクロスオーバーは数が多く、次のような捜索スレッドも存在するほどだ。

【特定】ネギま×Fate

https://syosetu.org/?mode=seek_view&thread_id=14979

 転生オリ主が『Fate/』を「能力だけクロス」するのとはまた違う治安の悪さを感じる。『Fate/stay night』の主人公衛宮士郎を『ネギま』にぶちこみたい欲求をなぜ多くの人々が抱え、繰り返し書かれていたのか。おそらく衛宮士郎が活躍する場として『ネギま』の舞台設定が丁度良かったからなのだろうが、歴史を後追いしている身として理解しがたい部分もある。

 

 時系列的にも内包するイデオロギー的にも一世代前の『GS美神 極楽大作戦!!』(1991-99年)とのクロスオーバーも根強い人気があった。たいていの場合、『GS美神』の実質的な主人公横島忠男が『ネギま』世界に来訪する。08年時点で次のような言及がある。

ネギまもGS美神ももうだいぶ使い古されそろそろ飽きが来ている題材じゃないかと思うのですが

https://noppara.exblog.jp/9052396/

 実際のところ『ネギま』二次は転生オリ主の登場によって、08-12年の「二次創作」シーンにおいても流行した。一方『GS美神』二次は横島忠男のギャグとエロに関する喜劇的道化ぶりが創作意欲を駆動していたので、「転生オリ主」の波に乗れず人気が落ちていった。流石に賞味期限が切れた、とも言える。

 

 2006-08年の間、「Arcadia」に先駆けて『ネギま』二次を集約していた「投稿図書」という個人サイトがある。

http://toukoutosyo.net/

 現在の投稿作品を記事数ベースで調べると、「ネギま!ノーマル掲示板(オリNG)」が143件、「ネギま!ノーマル掲示板(オリOK)」が1686件となっている。転生オリ主を準備するようにオリ主が一般的になっていたようだ。

 

 「投稿図書」に投稿された『振り返らずにGO!(オリ主、オリ有)』(2006-08年)という作品を取り上げよう。

(直リンクがブロックされる面倒くさい仕様なので経路を記しておく。サイト入口から「投稿板」>「ネギま!ノーマル掲示板」>「ネギま!ノーマル掲示板(オリOK)」。更に『その1~35』『36~65』『66~75』の三つになぜか分かれている。本当にアクセスしにくい)

 初見時は「2006年にここまで用意されていたのか!」と興奮を覚えた。

 第6話の「ナデポ」(男性主人公が頭を撫でるとヒロインが赤面する、という一連の動作の揶揄)、同じく第6話の「///」(ヒロインが赤面する状態を表す顔文字の一種)、第14話の「side使い」(主人公以外による第一人称の語りであることを示すために「side:〇〇」のような表記をする)、オリ主のチート能力、雑にオリ主に惚れるヒロインども……。転生以外全部がある! と叫びたくなる。

 全体的なノリは「転生してチート能力はもらっているけど原作知識はないオリ主」に近い。ただ「悪役になり正義の味方に倒されたい」という主人公のモチベーションの牽引力がいまいち弱く、勘違いものとして突き詰められてないのは単純に下手だ。「ナデポ」「///」あたりは2ちゃんねるの台本形式SSか『Kanon』二次の影響だろうか。どうにも「俺」君っぽい。主人公のオラつき方、マウントのとり方は2023年の二次創作で見ることができる。

 この時期の二次創作に興味がある方は研究目的で20話くらいまで読むことを勧める。自分は40話まで読んで挫折した。

 

 実のところ「投稿図書」には06年から転移オリ主の『我が道を往く(オリ主・オリ有)』や人外転生オリ主の『火の鬼(オリ主)』が連載されていたし、07年終盤には人外憑依オリ主(元々作品世界に住むオリ主が人外と化す)の『恐怖!図書館に潜む謎の怪物!』が、08年5月にはTS転生オリ主の『ローラの溜息で世界は廻り(オリ主、オリ有)』があった。転生オリ主はもうすぐそこまで来ていた。

 

 

コラムB:『ネギま』が私たちにくれたもの

 

 『ネギま』の「二次創作」シーンにおける一番の功績は、オリ主の普及にある。

 その背景には「原作主人公ネギがアンチ・ヘイトされるほど不人気だった。少なくとも自己移入先として有用でなかった」にも関わらず「作品自体、少なくとも女性キャラは人気だった」という原作の受容状況がある。『ネギま』は『IS』など後続のハーレムものによく見られる構造、部分的な炎上商法の先駆者だったのだ。

 ゼロ年代前半までの「男性向けのオタク的な表現」において、基本的に主人公の人気と作品の人気は比例する。だからこそ魔改造主人公が現れ、逆にオリ主は遠慮される。ギャルゲー・エロゲ―を原作とする(女性キャラとの恋愛が主題となる)二次創作の場合、原作主人公の個性が濃くヒロインと過去に関係性を築いていたりすると、オリ主がヒロインを攻略することは原理的に不可能になる。一方で原作主人公の個性が薄いと、オリ主によるヒロインの攻略が「寝取られ」に見えてきて受け付けない人がいる。

 『ネギま』はこれらの条件を全てクリアしていた。「萌え」というキャラ消費に注力することで、作品の人気はヒロインの人気に比例していた。さらに人気投票によって個別のヒロインにファンがつくのだが、母数が31人+αと多すぎるために好きなキャラとの恋愛二次創作を書くなら原作主人公ネギよりもオリ主の方が書きやすかった。また、ネギはヒロインと過去の関係性を持たず、ラッキースケベは多々あれど、彼に仄めかしでないガッツリとした恋愛的好意を向けるヒロインはそう多くなかった(彼女たちについても「別に「寝取って」もいいか」と判断されるかもしれない)。

 書き手・読み手の年齢層についても言及しておきたい。『ネギま』が『マガジン』連載の少年漫画であったため若年層への露出が多く、また当時のネット環境は若年層にも開かれ始めていた。彼らが『ときめきメモリアル』『エヴァ』『Kanon』『GS美神』『機動戦艦ナデシコ』二次の時代に妙にあった「オリ主への忌避感」を知らなかったことも、『ネギま』二次におけるオリ主の普及に貢献している。

 アンチ・ヘイトも若さも、概して二次創作の治安の悪さに貢献する。

 

 

 

2008-2010年:Arcadiaの時代

 

 SS投稿サイト「Arcadia」(2001-年、通称「理想郷」)は元々、個人サイトの二次創作について質問し作品を教え合う「捜索掲示板」として人気が出た。個人サイトだけだと好みの作品に出合うまでリンク集からサイト巡りを延々とする必要があり、大変な労力を要する。

 そのうち作品を投稿する場としても人気が出る。何よりも利便性だ。作品を投稿しやすく、改稿も容易で、感想も付きやすい。個人サイトを追い抜き二次創作を集約する場として最盛期を迎えたのが08年後半-10年前半のこと。この時期はちょうど「転生オリ主」の展開と重なっている。

 ちなみに一次創作の投稿先としても当時は「小説家になろう」より人気があり、のちに多くの作品が書籍化された。『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』、『オーバーロード』、『幼女戦記』、『アクセル・ワールド』、『自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』。当時の「なろう」作品でこのラインナップに対抗できたのは『魔法科高校の劣等生』くらいだろう。

 しかし様々な事情(「にじファン」の登場、批判感想の過激化、東日本大震災に伴う管理空白期間)で時勢は「なろう」の方に傾くことになる。ただ「なろう」にはずっと捜索掲示板が無いので、捜索目的では未だに使われている。今だと「ハーメルン」の捜索掲示板の方が人も多く便利だが。

 

 

【完結済み。修正中】ネギま!! 元一般人の生き方。(転生ものさぁ 作者の病気)

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=6186&n=0&count=1

 2009年の1月から3月にかけて一気に114話を投稿し、その勢いにおいて伝説と化した作品。PVは2393908。感想が4557件。この作品以降Arcadiaの『ネギま』二次で転生オリ主が一気に増えたという分析もある(『web小説における「転生」普及過程』参照)。

 比較的読める方。無論、「転生」まわりのミームへの習熟は前提とする。

 原作主人公の双子の兄として転生とか、原作主人公アンチ・ヘイト気味とか、オリ主が料理上手な設定とか、そういうありがちな要素はどうでもよい。注目すべきは感想の多さである。興味深いことに、しばしば後書きで読者の感想が引用されている。

『作者がメイドインヘブン』 『クーガーを超えた者』 「到達者」 『投稿数より二つ名のほうが多い作者』 『読者がオチオチ寝られない』 『ブレーキなぞ既に捨てた』 『DIO=作者』 「ウィルス進化論体現者」 『作者の病気はアギにも治せない。』 『作者は電波受信中』 「ジェバンニが一晩でやってくれた所じゃない」 「ジェバンニ以上の仕事量」 「戦闘機人」 「クーガーの持論を体現した者」 「週刊でもなく日刊でもなく時刊」 『ジェバンニ涙目』 『病院逃げて』 『リアルジェバンニ』 『三番目の刹那(アンノウンレプリカ)』 『自重を知らない神』 『最速の後継者』 (以下略)

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=6186&n=23#kij

 ノリがいかにも2009年(特に「ニコニコ動画」)。

 この時期のArcadiaは人口の多さと利便性によりリアルタイムで感想がつくような状況だった。ここから生まれたのが作者と読者が織りなす「匿名的」「趣味的」「共犯的」「大規模」な共同体である。同じ世代、同じアマチュア、同じ文化的背景。感想数が500を超える二次創作は、感想欄を読んで当時の作者-読者間の相互作用を解読しないと読んだことにならない、というところがある。

 「転生」周辺のミームが驚くべき速さで開発されたことは、Arcadiaの共同体でのやりとりが活発だったことを示している。活発ゆえにやがて共同体への所属意識が前面化し、「原作」不要の二次創作へと繋がる。「U-1」の時代にも起きたことではあるが、Arcadiaの「量」と「速さ」は特筆に値する。

 ちなみにArcadiaでは『元一般人の生き方。』以前にも100件ほど『ネギま』二次はあるが、長編だとこれが初めて完結した作品らしい。流石にビビるエタ率。

 

※:今後Arcadiaが一時的ないし恒久的に見れなくなった場合に備えて、以下ではSSの全件表示をInternet Archiveに登録している。例えば『元一般人の生き方。』は「http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=all_msg&cate=akamatu&all=6186」で検索すればよい。

https://web.archive.org/web/20240228075154/http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=all_msg&cate=akamatu&all=6186

 

 

ネギえもん(現実→ネギま +四次元ポケット) エヴァルート完結

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=6617&n=0&count=1

 感想を1400件集めた人気作品。『ドラえもん』とのクロスオーバー方法は正直微妙である。「四次元ポケット」という無類の強いチート能力を持ち出したらあとは『ドラえもん』のマイナーひみつ道具の知識などで読者のツボを押すしかなく、それができていない……いや、そんなことはどうでもよい。ハーレムとオリ主の関係について考えよう。

 『ネギま』等のハーレムものの原作に対するオリ主二次創作は基本的に、原作主人公が築くはずだったハーレムからヒロインを奪ってオリ主ハーレムを構築する。ハーレムものの愚直な再構成とはそうならざるを得ない。そして一部のオリ主はもっと先を行き、原作主人公から女性のみならず男性性まで奪う。

 つまり、原作主人公がオリ主の行動の邪魔になると判断されたとき、「原作主人公が最初から存在しないパラレルワールド」等の設定をとる二次創作もあるが、『ネギえもん』は「原作主人公が最初から女性であるパラレルワールド」という設定をとる。原作主人公を性転換(TS)させることで男性性を降りさせつつ、ヒロインとして昇格するのだ。そういう「処理」をする作品は、2006年からたびたびあった。『とある転生主人公の話』(Arcadia、2013年)という作品では各話タイトルで次のように言及されている:「第3話『原作主人公が邪魔な時、大抵TSされてヒロインになる』」。

 「原作主人公TSヒロイン化」は原作主人公アンチの派生形として捉えるべきだろうか。「女の子ネギだとうざくない、ふしぎ!」とも某所では言われている。通常のアンチ・ヘイト二次創作と比べると設定の段階でアンチ活動が終わるので、実際のテクストに憎悪が表出することがなくすっきりしている。本当に?

 「原作主人公TSヒロイン化」が高度に操作的すぎて語りあぐねる。「去勢」、「男性性不安」、「女性蔑視」、「ヒロイン属性の更なる記号化」。どこをとっかかりにすればいいのだろう?

 

 

朝霧先生のぉーgdgd麻帆良 (ネギま オリ主 ぬこ ネタ)

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=6482&n=0#kiji

 『魔法少女リリカルなのは』の二次創作に『紐糸日記』(08年11月-)という伝説的な作品があって、09年2月頃に連載開始した『gdgd麻帆良』は確実にその影響を受けている。パロディ連打、軽薄な文体、日常ギャグメイン、緩い展開。

 当時二次創作間で原作の垣根を越えて影響を与え合っていた例として面白いので紹介。作品内容自体は今読むとしんどい。明確に陳腐化している。

 

 

ネギま・クロス31 叙事詩・少年と世界  

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=10029&n=0#kiji

 多重クロスものの二次創作は分かりやすい「地雷」とされていた。原作間のバランスなど考えず思いついたものを片っ端からクロスする質の悪い作品があまりに多かったのである。一方で、腕に覚えのある作者が敢えて多重クロスに挑み、如何に破綻させず成立させるかを競う風潮もあった。多重クロスの傑作として『なのは』二次の『転生者の魔都『海鳴市』』(2012-2015年)の名を挙げておこう。公式がやっている例としては『スーパーロボット大戦』(1991年-)シリーズがある。

 『ネギま・クロス31』では28の作品とのクロスオーバーが図られている。文章はしっかりしているが元ネタが分からないと厳しい箇所が多い。そしてここまでクロス先が多いと元ネタを調べるのも容易ではない。多重クロスはうまくまとめるのが難しい上に読者を選ぶ、大変なジャンルである。

 『ネギま』は魔法関連の設定の広がりゆえに多重クロスの苗床として選ばれたのだろうか。『なのは』の場合は原作の設定よりもむしろ、『なのは』二次として死ぬほど蓄積されたミームが参照されている。

 

 

ネギま』と俺 (現実→ネギま) 【完結】

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=4742&n=0&count=1

 Arcadia全盛期の『ネギま』二次で転生メタを作品内に取り込んでいるのはおそらくこれだけ(2008年11月-、『紐糸日記』と同時期と考えるかなり早い)。「踏み台転生者」も『ネギま』二次では先の『gdgd麻帆良』で見かけた程度である。少なく感じるが、むしろ比較対象にしている『なのは』二次がメタを回しすぎなのか。

 10-12年のにじファン全盛期だと『ネギま』二次でも転生メタがしばしば書かれていた。

 

 

改造人間にされたくない (憑依物) 【完結】

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=3639&n=0&count=1

 勘違いものとして普通に面白い。普通に紹介する。

 「転生」ではなく「憑依」を採用している。つまり、現実世界にいる人間をオリジナルキャラとして作品世界に登場させるのではなく、原作キャラの意識を乗っ取る形で登場させる。

 憑依を採用した理由が、「現実世界から原作知識を輸入する」ためではなく、「作品世界に生きていれば当然知っているはずの原作知識を無くす」ためなのが面白い。原作主人公ネギに憑依した「俺」は『ネギま』を読んだ経験がなく、突如放り込まれた石化事件の流れなど把握できるはずもない。そこから主人公は「自分が改造人間である」という極大の勘違いを始め(ここはかなり無理があるがギャグとして許せるようになる)、他の登場人物たちも立場に応じて次々と勘違いを重ねていく。当然の如く原作ブレイク。

 アイディアと勢いがあり、文章も手堅い。特に主人公のペラ回しが見事。

 慣れゆえにスルーしてしまう原作のバカバカしいところを改めて取り上げてギャグとして消化しつつ、横でさらっと更にバカバカしい勘違いをやるあたり、批評的でありつつギャグが上手いと思う。

 

 

千雨の方法【ネギま!オリ設定】

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=11895&n=0#kiji

 本当に真っ当な二次創作として支持を集めている作品。この時期のArcadiaの『ネギま』二次だと他に例がないぐらい珍しいので紹介しておく。どんな環境だよ。

 

 

【完結】千雨からロマンス(ネギま×親指からロマンス)【修学旅行編追加】

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=21017&n=0&count=1

https://syosetu.org/novel/89117/

 千雨魔改造もの(後述)。「長谷川千雨」というキャラがマッサージ師になり、なんやかんやで世界を救う。千雨の性格がだいぶ改変されていてブイブイ言わせるのが笑える。「フェロモンボイス」等に現れているメアリー・スーのテイストは、最初は無邪気にやっているのかと思ったが、どうも意識的にコントロールしているようだ。

 この作品を取り上げたのは、「百合」要素のある二次創作が出始めた時期の作品だからである。

 男性が存在しない女性だけの日常をビオトープ的に楽しむ「空気系」「日常系」の系譜は『あずまんが大王』(1998-2002年)に始まって、『苺ましまろ』(01年-)、『ひだまりスケッチ』(04年-)、『みなみけ』(04年-)、『らき☆すた』(04年-)……と無数に続く。男性の排除でいえば『なのは』も近いところがある。

 「女性だけ」というアイディアは2009年頃になるとハーレムものの二次創作に合流してくる*18。すなわち、「ハーレムの主は男性である必要がないし、むしろ女性の方が「萌え」が増えてお得だ」という発想だ。そう思う人は「TS転生オリ主」(現実世界では男だったので男性のジェンダー意識を持ちつつ作品世界では美少女の身体を持って生まれる)を用いた*19

 ただ、いかんせん一部のTSオリ主は性欲が強かった。TSする動機として「女性なら女性に合法的にセクハラができる」のような考えを持っていたのである。『ネギま』二次だと『我が道を行ったら明後日の方向だった』(Arcadia→にじファン→ハーメルン、2013年)は性欲を隠さない。

 そこまで露骨でなくとも、転生後も男性としての性的規範から女性を恋愛対象とすることはしばしばあった。というわけで「日常系」とは似て非なる「百合」の系譜が歪んだ形で現れる。

 やっと作品紹介に話を戻すと、『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)以前に「百合」をArcadiaでやっていた、しかも『ネギま』と少女漫画『親指からロマンス』(2003-2007年)とのクロスオーバー(能力だけクロス)という体でやっていた『千雨からロマンス』は中々面白い位置にいる。

 

 補足:2010年の『ネギま』二次で「百合」を明記しているものとして他に『暁の姫御子 (現実→ネギま!転生 原作知識なし 一応TS 百合)』と『【完結】千雨の世界 (千雨魔改造ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)』がある。2008年には『影を往く (オリ有・百合有)』があった。

 

 

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*1:以下、「二次創作」で「男性向け二次創作小説」を指すことにする。もっと言えば、「転生オリ主」などが出現するジャンキーな二次創作を指すことにする。「原作への愛に溢れた、正統派で、お堅い」二次創作は、今回ほとんど現れない。

*2:現実世界から作品世界に死をきっかけとして移動してきた(「転生」)、原作には登場しないオリジナルキャラの主人公(「オリ主」)。

*3:造語。狭義では転生オリ主が大流行した「Arcadia全盛期」(2008年後半-2010年前半)と「にじファン全盛期」(2010年後半-2012年前半)を合わせた時期のこと。広義では2008年から現在までの時期。「男性向け二次創作小説」を投稿するサイトとして現在最大手の「ハーメルン」(2012年-)において、未だに転生オリ主は支持を集めている。ただし、「百合」「Vtuber」に代表されるような「オタク」の地誌の変化に伴って、転生オリ主の在り方も変わっているように見える。

*4:この様子を指す「参照系」モデルについては『二次創作(を/から)視る』や前回記事『「転生オリ主」の出現』補足を参照。

*5:当時流行っていたアイドル「モーニング娘。」のシステムを参考にしたらしい。

*6:例えば同時期6100万部売り上げた『鋼の錬金術師』(2001-2010年)は男性向け二次創作が少なかった。一方で夢小説はかなり流行した。

*7:私が「全寮制魔法学園」と聞いて最初に思いついたのは『ハリー・ポッター』(和訳1999年-)だったが、それはどちらかというと『ゼロの使い魔』の元ネタである。追記:主人公ネギの容姿造形はハリーを参照しているらしい。

*8:https://w.atwiki.jp/nijifan/pages/16.html

*9:02年頃の『新世紀エヴァンゲリオン』二次創作でも「断罪系」と呼ばれながら同種の傾向がみられたようだ。

*10:SS用語一覧とは (エスエスヨウゴイチランとは) [単語記事] - ニコニコ大百科 

*11:正直ここはリサーチが全く足りていない。レファレンス集:https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000326622 

*12:http://www.ailove.net/mugen/index.html   

*13:T.S.エリオット『荒地』(1922年)。『荒地』は死と再生の物語という点で転生オリ主の大先輩であり、コラージュ手法において多重クロスの大先輩とも言える。

*14:例えば次を参照。

HACHIMAN (はちまん)とは【ピクシブ百科事典】

【不特定】何かしらの才能溢れる比企谷くん:https://syosetu.org/?mode=seek_view&thread_id=30675

魔改造主人公」の多くは「(転生)オリ主」の普及によって人気を落としていった。自己移入の依り代としてオリ主の方が当たり前に優秀なのである。しかし「HACHIMAN」は「転生オリ主の時代」以後に必要とされた魔改造主人公だった。「比企谷八幡」という「等身大にカッコいい捻くれぼっちオタク主人公」が、「理想的な作者の分身」の記号として、場合によってはオリ主よりも有用になったからだろう。無論、魔改造の過程で原作の妙味は失われていく。

比企谷八幡」主人公のクロスオーバー二次では面白いことに、雑な作品に混じって作者が『俺ガイル』を割と読み込んでいると思しき作品も一部存在する。そのような書き手のリテラシーに対して読み手のリテラシーを期待すべくもないが。

*15:

U-1(SS用語) (ゆーいちもしくはあるてぃめっとわん)とは【ピクシブ百科事典】

http://www.mai-net.net/bbs/sss/sss.php?act=dump&cate=key&all=89891&n=0

http://www.mai-net.net/bbs/sss/sss.php?act=dump&cate=key&all=124179&n=0 

*16:「かのんSS-Links」というサイトはArcadia以前に二次創作を集約した最も大規模な検索サイトで、捜索掲示板もかなり活発だった。https://web.archive.org/web/20040609073427/http://orange.sakura.ne.jp/~itachin/kanonlink/

*17:「転生トラック」はおそらく『幽☆遊☆白書』(1990-94年)から。他は『ラグナロクオンライン』(2002年-)等のネットゲームの流行から。

*18:TS考:https://ncode.syosetu.com/n7135hs/4/ 

*19:これは「TS百合/とせがら」派の意見。恋愛に関してTS百合とほぼ排反な派閥として「精神的BL」(精神的にもメスになり男と恋愛する)派がいる。その他にも派閥は様々。詳細は次を参照。

TSの欲望:エリオット『荒地』と『お兄ちゃんはおしまい!』 - 古い土地