コード進行で見る高橋徹也
追記(2021/11/7):本稿は辞書的な内容なので、先に次の記事を読むことを推奨する。
ここに40件(2021/10/27現在)のコード譜がある。
今回はこの採譜を使ってコード進行の観点から高橋徹也を分析してみようと思う。最終的な目標は高橋徹也のコード進行の手癖を明らかにすることである。
高橋徹也は第一に歌詞の人であり第二に歌声の人だと個人的には思う。ゆえにコード進行から彼の楽曲にアプローチするのはあまりに部分的な見方かもしれない。この記事ではコードへのメロディの当て方(メロディへのコードの当て方)にも殆ど触れない。
しかし一方で「あの独特な(ときにかなり無謀な)転調は一体何をしているのだろうか?」 という素朴な疑問に、楽理の視点から答えることも無駄ではないと信じる。
A. m7(b5) の使用
彼の曲ではm7(b5)/m6(異ルート同和音 例:Bm7(b5)=Dm6)がしばしば印象的に使われる。m6はボサノバっぽいオシャレコードだが、総じてオシャレ感よりもエグみを求めて使っているようだ。
・m7 - m7(b5)
j-pop的なクリシェとして学習したんじゃないかと推測している。m7から他の和音に行く際間にm7(b5)を挟む
例:
「新しい世界」Aメロ (key:BbでダイアトニックコードはAm7(b5)なのにAm7が先に来るのが面白い)
「ナイトフライト」”涙があふれてくるのは”
「スタイル」各所(この曲は手癖でm7(b5)が大量に出てくるが出来が良い)
「夕食の後」冒頭
「MY FAVORITE GIRL」Bメロ・サビ
「ひめごと」”優しく私を哀れむ” (IVm7 – IVm7(b5) – Imaj7)
・IVmaj7 - #IVm7(b5)
上声部のVImを維持したままベースが半音上がる進行
例:「MY FAVORITE GIRL」Aメロ 「ドライブ」サビ 「スタイル」サビ
・IIm7(b5) – V7 ( – Im)
いわゆるマイナーツーファイブ。ジャズ的な進行
例:
「真っ赤な車」サビ (“真っ赤な車” の部分が「Fm7(b5)/B- Bb7」。ただし分数コードが難敵。m7(b5)でベースがb5を取ることはままあると思う(特に上のm7-m7(b5)の進行では)が、ここではギターも/Bを考慮した聞きなれないヴォイシングをしている。)
「ナイトクラブ」Bメロ (Cm7(b5) – F7 でBbmでなくBbmaj7に解決)
「新しい世界」サビ
「スタイル」Aメロ・サビ
「人の住む場所」Bメロ
・その他特筆すべき曲
「チャイナカフェ」 Aメロ
m7-m6という進行を平行移動してまで執拗に繰り返す。この平行移動(Gm – Bbm – Am - Bm)に楽理的根拠をこじつけることは難しい。
「ドライブ」サビ
key:Ebで「Abmaj7 – Am7(b5) – Gm7(b5) – C7」各所の繋がりが良いと思う。このIVmaj7 - #IVm7(b5) – IIIm7(b5) – VI7どう着想したのだろうか? IV-V-IIIm-VIm をいじくりまわした? 有名曲で使われている進行?
B. m9の多用
使ってない曲の方が少ないんじゃないかってぐらい使っている。ギターのm9は抑えていて気持ちよいしサウンドも良いが、流石に使い過ぎでは。9thのテンションにメロディが束縛されていることもちらほら。
それにしても彼はm9をどこで学んだのだろうか?
・IIm9 - Imaj7
IIm7 – Imaj7 という進行は「これ一つで調性が決まる/繰り返しに耐える/Aメロに向いた無臭さ」あたりが特徴。愛用するのも無理がない。のだが、調べてみたらコード採った範囲で12曲に使われていた。しかもほとんどIIm9で使われているし、運指と鳴りの関係でDm9 ~ Fm9の間で使われることが多い。高橋徹也のミームとして自分の中で確立しつつある。
例:「ドライブ」Aメロ 「真っ赤な車」Aメロ 「新しい世界」サビ 「スウィング」Aメロ 「意外な人」Aメロ 「音のない音楽」サビ 「夢の中へ、霧の中へ」Verse 「La Fiesta」 サビ 「夜明けのフリーウェイ」イントロ 「スタイル」Aメロ 「ナイト・フライト」中間部 「空と海の間(昼と夜の間)」Aメロ
・m9のノンダイアトニックな平行移動
ダイアトニックなm9が何か確認するとIIm9とVIm9の2つ。マイナー借用を含めるとIm9とIVm9も入る。それ以外のm9、彼がしばしば使うIIIm9やVm9はそこそこエグイ転調に聞こえる。
DTM以前の平行移動の発想はいかにもギターの人らしい。
付記すると平行移動は結構な割合で上昇し続ける。このアッパー感、結構あやうい感じがする。
例:
「真っ赤な車」Bメロ(key:EbでIIm9 – IIIm9 –VI m9)
「シーラカンス」全体(Im9 , IVm9 , Vm9 が主要素で、半音上のm9/m7から平行移動して落ちるモーションがたびたび入る)
「悲しみのテーマ」Bメロ・サビ (サビはkey:Aとして IIIm9 – IVm9 - IIIm9 – IIm9 - IIIm9 – IVm9 – Vm9 – IVm9 凄みのある進行。ここまで行くとコンテンポラリージャズとして聞ける Bメロはよく分からない)
「人の噂」Verse (”僕の写真””人の噂”周辺でDm9 – Em9 –Fm9 (– Ebmaj7)と動く)
「5分前のダンス」Bメロ (Im9 – IIm9)
「スタイル」Bメロ (Im9 – IIm9 – IIIm9 – IVm9)
「音のない音楽」サビ (Bm9 – C#m9)
「後ろ向きに走れ」Chorus (Bm9 – Cm9 – C#m9 – Dm9)
・IIm9 - Imaj7の平行移動
上記二つの合わせ技で、IIm7-Imaj7で手短に調性を確立してからそれを上昇させる。Bメロでちょっとやるぐらいなら分からんでもないが、サビでやるあたり只者では無い。
例:
「ドライブ」Bメロ (Im9 – bVIImaj7 – IIm9 – Imaj7)
「新しい世界」サビ (key:Bbで IVm9 – bIIImaj7 – Vm9 – IVmaj7)
「La Fiesta」 サビ (key不明 Ebm9 – Dbmaj7 – Fm9 – Ebmaj7 – Gm9 – Fmaj7)
「ナイトフライト」中間部 (Fm7 - Ebmaj7 – Gm7 – Fmaj7)
C. 転調の感覚/楽理を越えて
前節でもだいぶ分量を割いたが、この説ではコードの平行移動/転調について扱う。ここにおいて楽理の限界に到達する。
・ベースの半音下降
半音下降というと個人的にSteely Dan「Peg」「Deacon Blues」を思い出すのだが、そういった進行とは趣を異にする。どこかジャズ的ではない
例:
「人の噂」アウトロ
(key不明 Db7sus4 – Db7 – C7sus4 – C7 – B7sus4 – B7 –Bb7sus4 – Bb7 – A7sus4 – A7)
「鏡の前に立って自分を眺める時は出来るだけ暗い方が都合がいいんだ」サビ
(key不明 E9 -Eb9 - D9 - Db9)
「ユニバース」サビ (IIm9 – bIImaj9 – Imaj9)
「La Fiesta」Bメロ (Aメロはkey:Eb BメロでFm9 – Emaj9 – Ebm9 – Dmaj9)
「SUMMER SOFT SOUL」サビ (key:Db Ebm9 – Dmaj9 – Dbmaj9 - Ddim)
・ベースの全音下降
例:
「ひめごと」冒頭
根本的なkeyはおそらくEbで EbM7 – EbmM7 – DbM7 – DbmM7 – BM7 – Bb7 で循環する。IM7 – bVIIM7 – bVIM7 – V7 という進行の途中でmM7が挟まる形。美しい曲
・ベースの長3度下降
半音/全音/短3度の上下行はポップスにはままある。これが長3度になると途端に例が少なくなってくる。とはいえ下降はまだある方だ。面白い例を挙げると、あの愉快なラグタイムピアノの曲、きかんしゃトーマスのテーマこと「Thomas and Frends」は冒頭でC - Ab と進行する。
例:
「ユニバース」Aメロ
key:Bbの方が主体で、次のコーラスにDmaj7 – Bbmaj7 で接続する。このIIImaj7 – Imaj7の長3度下降はさほど違和感があるわけではない。理由を考えると:①key:Dを主体にするとImaj7 – bVImaj7でポップスにしばしばあるサブドミナントマイナーへの進行 ②Dmaj7 – Dm/Bb と思うとDmajからDmへの転調っぽく聞こえる
「ハロウィン・ベイビー」イントロ・サビ
2019年になってmaj9でも平行移動し始めた。イントロの「Emaj9 – Cmaj9」はウッと来る進行だが、AメロBメロでkey:Eが確立されると「Imaj9 – bVImaj9」 だったと分かる。サビの「Emaj9 – Cmaj9 - Emaj9 – Cmaj9 – Dmaj9 – Gmaj9 – Bm7」は「Imaj9 – bVImaj9 - Imaj9 – bVImaj9 – bVIImaj9 – bIIImaj9 – Vm7」で、マイナー借用も許す広義の意味ではダイアトニックコードと言える。借用するたびに転調を伴っているけど
「怪物」中間部
key:Cで(Bb – C – Ab – G – G7)
・ベースの長3度上昇
ポップスで長3度の上昇が使われている例、筆者は寡聞にしてPizzicato Five「日曜日の印象」しか知らない。サビ終わりにkey:Cから Cmaj7 - Dm9 - Emaj9 -Cmaj7/D (- Gmaj9 ) と進行。
例:
「ナイトクラブ」サビ
「Amaj7 – Dbmaj7 – Fmaj7 – Amaj7」という進行。この長3度上昇でグルグル転調していく展開、これはJohn Coltrane「Giant Steps」で使われたことで有名なColtrane changes(の難しい方)である。ポップスにおいてついに実用化されたのだ。ジャズに明るい友人が居てその人から教えてもらったのか、当時狂うあまり自力で思いついたのか。
なおAメロはkey:Fm = key:Ab。Bメロはツーファイブゲームで一部Dbmaj7が登場、サビ直前はBbmaj7でサビのAmaj7に半音下降で接続。
・よく分からない転調
よくわからない。
例:
「鏡の前に立って自分を眺める時は出来るだけ暗い方が都合がいいんだ」
いわく、“デヴィッド・ボウイの「FASHION」と「DJ」を足して2で割ったような感じ” らしい。4度進行I7-IV7とブルースのIV7-I7を平行移動と共にコラージュした? コード進行は理解できるけどベースと上物の動きが意味不明
「人の噂」
分かるようで分からない。奇妙なポップさ
「夕食の後」 「声の波紋」サビ 「夢の中へ、霧の中へ」Chorus
この3つは歌詞が先にあって気合でメロディとコードを当てているのだと推測できる。
「ユニバース」イントロ
歌詞が無くともこの種の進行がポロっと出てくるのが本当に面白い
D. 曲単位での分析
曲単位でいくつか
・「Call Me」
アレンジは今聴くとくだらないネオアコだし、AメロBメロのベタな進行に対するメロディと歌詞の載せ方も凡の域を出ない(個人の感想です)。ところがサビが歌詞含め素晴らしい。個人的に好きな曲。
Key:Gで「Csus2 – D – Csus2 – D – Amaj7 – D – Bm – Fmaj7」という進行。Csus2のギターサウンドが良いし、Amaj7 (II maj7)への転調も適切。
このサビの後、中間部とアウトロで感覚だけの連続無茶転調が入って笑ってしまう。歌詞先で作ったらああなったのか。
・「人の住む場所」
スピッツみたいな曲。E7 - C#7でサビのDmaj7に接続するところとかまんま「ロビンソン」である。でも良い曲。難点を挙げるとすれば歌詞の像の結びづらさか・・・(元々違う歌詞だったのをアルバム制作の段階で変えたらしいので、新旧の歌詞が入り混じってイメージが通らなくなったのか?)
イントロのリフ Dmaj7 – F#m9 が大変良い発明。Dmaj7が流れてきてトニックのImaj7かと思うと次のF#m9がIIIm9に聞こえて「いきなり転調!?」と驚かされる。
しかし実際はどちらもダイアトニックコードだ。key:AにおけるIVmaj7 – VIm9 である。
耳に気持ち良いが、楽理的にも面白い。この2つのコードだけでD Lydian = A ionian の調性を確立できる:F#m9をDmaj7のテンションと思うと全体でDmaj7(9,#11)になり、これはリディアンを強く示唆するコードである。F#m9の9thがDmaj7の#11thに対応するため、調性を確立する点(あるいは#11を出して驚かせる点)でF#m9はF#m7であってはならない。
Miles Davis「Nardis」B sectionではAm9 – Fmaj(#11)によりF lydianを示唆していたが、偶然? にも似たことがポップスミュージシャンへ起こった。
あるいはIVmaj7 – VIm9のポップスにおける組み合わせには先例があるのだろうか?
・「静かになりたい」
サビはKey:Eで「F#m7 – C#m9 – F#m7 – C#m9 – F#m7 – D#m9 – F#m7 –B7」。D#m9はVIIm9に相当。ここがおいしい。歌詞も 「冷たくなりたい」で一番おいしい(おかしい)ところである
キリンジ「時間が無い」のサビも同様にC#m9-D#m9が出てくる(keyはA)。ここまで分析を続けていると、堀込高樹が高橋徹也っぽい進行を使ったのだと読みたくなる。
・「新しい世界」
一番最初に突っ込むべきは譜割だろう。滅茶苦茶に詰め込んでいて、完全に歌詞先で作っている。Aメロに4回出てくる「君」の位置は毎回微妙に違い、歌詞とメロディの対応が覚えづらい。
サビを見よう。1コーラス6小節なのだが2のn乗を1単位としないせいで止まれない感じがする。進行は「Ebm9 – Dbmaj7 – Fm9 – Ebmaj7 – Cm7(b5) – F7」 Ebm9 – Dbmaj7はDb major ~ Bb natural minorを示唆する。AメロBメロはkey:Bbなのでサビでマイナーへ転調するのはポップスの常識の範囲。だが、次のFm9 – Ebmaj7で全音上がったEb mjorを確立する。そして次のマイナーツーファイブCm7(b5) – F7が暗示するのはBb harmonic minorである。明らかな情報過多であり、この過剰が歌詞とマッチしている。(なおEbm9はBb har.minのダイアトニックコードなのでCm7(b5) – F7がEbm9に解決するのはそう不自然ではない。この滑らかさが何の足しになるのか問われると困るが)
更に最後のサビでは、この転調まみれの6小節が半音ずつ上がりながら執拗に繰り返される。Stevie Wonder「Golden Lady」か?
これを「j-popによくある最後のサビで半音上昇して盛り上がりを演出する奴」の捩じくれた形と捉えることも出来るだろう。面白いことに高橋徹也はこの曲以外でこの種の仕掛けを用いたことが一切無いのである。 追記:採譜した曲に限定しても「チャイナカフェ」はアウトロのサックスソロでキーが半音上昇していた。
E. 結論
- 高橋徹也はジャズやボサノバに出てくるいわゆるオシャレコード(m6やm9)を全くその文脈でない方法で用いる。その用い方は、普通ポップスの人間がそういったコードを輸入して作るやり方(渋谷系を念頭においてる)とも趣が異なる。
- テンションについて。ジャズの人間は普通ニュアンスを複雑にするためだけでなく進行を滑らかにするためにもテンションコードを用いる(ポップスでこれを極めたのは富田恵一だろう)。しかし高橋徹也は前者のみに注目しているきらいがある。テンションでニュアンスを複雑にしつつも、単一の調性を嫌うかのように転調してはるか遠くへ行き、そこでもニュアンスを複雑にする。和声的に(も)情報量の多い音楽。
- 転調の感覚がジャズ基準でもポップス基準でも独特である。もう少し突っ込むと、転調を滑らかにする意思が感じられない。頻繁に前触れなくあちこちに行く。転調の異化作用/エグみが好みなのだろう。
- 歌詞先に作ったと推測される曲だと特に分析不能な進行を伴う率が高い。しかし歌詞が無くとも変な転調を自然に出してくるので、これはもう生理的に許容できる転調の範囲が常人より広いせいとしか言いようがない。
- m9の多用は手癖。
何らかの基準で良い曲を書くし、ポップス・ロック的アレンジもできるが、しかしポップスの範囲からは一歩も二歩もはみだしている。ここら辺が名盤『夜に生きるもの』がセールス的に全く奮わなかった原因かもしれない。
一方でその「アウト・ポップ」がジャズを聞いて育った筆者のような人間を惹きつけ、こうして楽理的分析までさせたのだとしたら、奇妙なことである。
追記: IVm7 – V7 – (Im) やツーファイブの連続も結構見られる。いかんせん筆者がジャズ出身の人間のため、これらがポップスとして普通のことなのか(高橋徹也は渋谷系っぽくデビューしており渋谷系基準だと普通か?)あるいは特徴として挙げるべきことなのか判断に困り、入れなかった。
F. 参考
・chordwiki 高橋徹也
・採譜した曲プレイリスト(サブスクにあるもの その他はsoundcloud)
高橋徹也 transcribed - playlist by peggys_ | Spotify
Stream Man of Words/Man of Music music | Listen to songs, albums, playlists for free on SoundCloud
2000年以降の代表曲、demo音源など
・wikipedia - discography
高橋徹也 Discography 1996-2021 | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
・本人の曲コメント
『夜に生きるもの/ベッドタウン』全曲コメント | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
大統領夫人と棺
万感の思いを込めてワンマン終了! | 夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
“a distant sea / 遠い海” / TETSUYA TAKAHASHI / 太平洋
怪物
おまけ
・「高橋徹也と車」プレイリスト
高橋徹也と車 - playlist by peggys_ | Spotify
サブスクにある音源のうち車が登場する曲のリスト。案外少ない。