古い土地

暗い穴

「生命って負けヒロインだから」

 

 負けヒロインとはなにか。

おれは指を立てて 流れていく巻雲を

とめようとしたがだめだつた

――入沢康夫「外出」『夏至の火』より

 

 こういうものに違いない。

 

 

 

 

 

 1.

 そうでないとして

 人が寝取られに性的興奮を催すのは、その別離に死の影を見出し、死への怒りを呼び起こしているから。防衛機制によるタトナスとエロスの典型的な取り違え。

 あまあまお姉ちゃんも同様。それは怒りである。

 

 

 2.

 そうでないとして

 ラッパーのNasは寝取られに興奮しない。少なくとも興奮しないポーズをとるのだろう。彼は「死のいとこだ」*1という理由で眠りさえ拒むのだから。(だからこそ……)

 

 

 3.

 そうでないとして

 釈迦の逸話*2の挿入。

 

釈迦は6年にわたる厳しい苦行の末、この方法では悟りを得ることが出来ないと理解した。

故あって村娘スジャータから乳粥(キール)を捧げられることとなる。

「え、キモ……」

乳粥を拒否した釈迦は心身ともに回復することはなかった。

 

 

 4.

 そうでないとして

 釈迦は嘔吐反射*3したはずだ。弱った彼の胃腸が、突然の粘体に、避けがたい他者の立ち現れ様に、縁(えにし)に、与えられたものとしての生命の循環に、耐え得るはずもない。

 彼の思想における輪廻の著しい強調。それを理論上まず呑み込むべき原理(公理)としたことの裏に、根本から循環を拒否する欲求を読み取れはしまいか。

 

 

 5.

 そうでないとして

 倫理は、というよりも言葉は、生者とその周縁のためにある。存在を前提としてしまう。その振りをする

 それゆえ生を否定するような倫理的判断はそれ自体矛盾を孕む。あるいは、生を罵ることでなお一層無様に生命は肯定されるのか。*4

 

「生まれてくる赤ちゃんの数を減らしたい」

https://www.nicovideo.jp/watch/sm37872078

 

 

 6.

 そうでないとして

 

「子を30人作った男の言葉には重みがある。」

https://sutaro.hatenablog.jp/entry/2018/03/13/012810


 ひょっとしたら彼は「死んでいない者の言葉に説得されることはない」のかも知れない。

 

 

 7.

 そうでないとして

 私はかつて罪*5に、それのみに興味があった。今なお許されてはいない。

 私も許すつもりはない。

 こういった妄執、あなたはそれに興味を持つべきではない

 

 

 8.

 そうでないとして

 

2022/02/26  9:20
どうだって良いが、傷は抉られ続ける。穴は開けられ続ける。
もう本当に嫌なんだ。面白いことと大事なことと重要なことは全部別だった
耐えられない、ということともう沢山だという気持ちは別だ
石室が必要だ

 

2022/02/25 16:19
なんだこのメモ帳怖いな。陰鬱

 

 

 9.

 そうでないとして

 死や静寂や拒否や無を寝床にするなら、それはそれで結構なことではないか。

 荒野での死。土に還らないこと。

 

 

 10.

 そうでないとして

 連続性の拒否こそ、彼*6が最期に夢想したものではなかったか。

 

 

 11.

 そうでないとして

 

我々を忘れないでくれ。

http://scp-jp.wikidot.com/document-recovered-from-the-marianas-trench

 

今日記憶の旗が落ちて、大きな川のやうに、私は人と訣れよう。

――三好達治「Enfance finie」

 

 私はおそらく、地層に埋もれた古い世界を探している。死んだ春を焼き払う唄を。世界で一番残酷な歌を。

 それはきっと、盲いた唖が点字で書いたものだ。

 それは忘れられるべきものだ

 

 

 

 

 

 

 

異稿

 

冒頭部引用

かつて愛した少女(十歳で死んだ)の曖昧な出現。出現した彼女の下半身が蛇であることを、いやもおうもなく確めるために、(その尾の尽きるところまで)私たちは旅に出なければならぬ。三万五千年ぶりに芽ぶいた杖の挿話。

――入沢康夫「「牛の首のある八つの情景」のため八つの下図 2」

 

 恋に仕事に湖の中の死体*7に大忙し

 

 8.
 そうでないとして
 ゲーム的リアリズムの終焉。

何かがいま、月をすつかり隠してしまつた。(傍線部傍点)

 

「ちょっとイグ」「ちょっとイってんじゃねぇよ」

 これは節制を戒めると同時に過剰も戒めている。更に言えば合理さえ戒めている。我々は自然態にして中庸でなければならない。その難しさ。

 

 See No Evil 「産み」は「海」であり「膿」である。そして「倦み」にまで音通する。

 書くことを嫌悪しながら書くことの罪。書くことで失われる幻想。それがつまらないのならどうしようもない。過去何人も追い込まれた袋小路(キュ・ド・サック)。拒むことの明確な限界。

 「不能」 これに尽きる。

 

 性の/生の/聖の/政のポルノにまつわる問題としてはまず搾取構造・抑圧が挙げられる。ここでは構造から疎外された人々について考えてみよう。特に「かつてその中心に居たのに今やその周縁に居る人々」について。

 「最初から参加できなかった人々」と比べれば、(性的)不能者には独特の滑稽さ・惨めさがある。そのようなユーモアの文脈が付されてきた。

 

 「それを感じない人」のために何ができるだろうか。何もできやしない。

若くして年老いて/とり落されて/見失われて/うり/なすび

 あるいは追放譚とは、不能者への手向けなのかもしれない。

 

 ここでいう「不能」は、端的に男性であって、どうあがいても男性中心史観を免れないのだろうな。

 

 11.

 これもまた、世界の説明にすぎないのだよ。

[reference]

About これは何?(エスキス) - 古い土地

入沢康夫論1:導入に代えて――群盲象を撫でる - 古い土地

入沢康夫論3 – 2:牛の首をめぐるパラノイアックな断章(後編) - 古い土地

異世界論――「異世界転生」論と「小説家になろう」論のための助走―― - 古い土地

入沢康夫論2-3:『わが出雲』と世界への帰還の許容(下) - 古い土地

T.S.エリオット『荒地』の歴史的受容について - 古い土地

ステファン・マラルメ雑考:とある入門手続 - 古い土地

Analysis on Eric Dolphy ――エリック・ドルフィーの楽理的分析 part 1 〔非・楽理編〕 - 古い土地

【楽曲解説】高橋徹也 - 『夜に生きるもの』(コード進行で見る高橋徹也②) - 古い土地

 

 

 本気で書いてこれなんだ。なんなんだこれは。

 それを読まなければそれを書くことはできない。引用もまた。編集もまた。

 視界から切り捨てたもの、目を背けたもの、語る言葉を失ったもの。不具不能から来るとすればカワイソウで、ともすれば傲慢だ。

 あるいはこれこそが

 

それらことごとくが私に告げる。

何しに来た、二度と来るな。

――入沢康夫「VI《鳥籠に春が・春が鳥のゐない鳥籠に》」『死者たちの群がる風景』より

 

それゆえに何も残らないのさ。

我 々 の
後 悔 を
除 い て は。

https://offserihujp.wiki.fc2.com/wiki/THE%20JUDGE%20SPECIAL%20ENDING

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:Nas – N.Y. State of Mind Lyrics | Genius Lyrics

*2:スジャータ - Wikipedia 

*3:嘔吐 (小説) - Wikipedia 

*4:ここでは反出生主義を念頭に置いたが、医療における生命倫理を想起してもよい。とくに延命の問題

*5:しかしそんなものはあるのだろうか

*6:Eric Dolphy

*7:http://scp-jp.wikidot.com/scp-2316