古い土地

暗い穴

ある序論:「小説家になろう」と「ヒップホップ」の類似

 

 「小説家になろう」。1次創作と2次創作の合間を浮動するテキスト投稿サイト(この性質を「1.5次創作」と呼んでおこう)。横への参照(同時代の作品間参照)を本質とするメタゲーム(ゲーム性はランキングや評価ポイントなどの数値によって担保される。全員がランキングハックをやっているわけではないが、しかしランキングに乗っている作品は殆どゲームの参加者とみなせる)。個々の作品それ自体ではなく多数の作品によって形成される〈場〉=シーンを楽しむこと。

 

 「なろう」の特性を理解するには音楽における「ヒップホップ」と比較すると分かりやすい。上記の特徴は全てヒップホップにも当てはまる。

 ヒップホップのサンプリング性はなろうにおいて「近過去参照」として現れる、としておこう。アニメ・ラノベ・漫画・ゲームからゲーム実況等の動画コンテンツ、インターネットミームまで、引用による細部のくすぐり。全体の「百万回は見た」構造による安心ベースの作り。ループの快楽

 

 ところで、2000年以降ヒップホップの主流がサンプリングを聞かせる音楽ではなくなっていく(特に2010年代トラップが死ぬほど売れた)ことと、2013年頃以降のなろうがゆるやかに自己参照的になってきた(とりこむコンテンツが無くなった/なろうの語法がジャンルとして確立されてきた)ことにも類似が見られるのではないか。

 有名作で例を挙げると、Dr.Dreの「2001」(1998年)=「生バンド演奏をサンプラーでとりこむこと」と「謙虚堅実」(2013年)=「架空の漫画・ゲームに対する2次創作の体で1次創作を書くこと」は「引用元なしに引用の効果を利用する」点で全く同じだ。*1

 「八男」(2013年)の「ゼロ魔二次ゼロ魔抜き」(元々「ゼロの使い魔」の二次創作だったのを一時創作に改作したらハネた)も面白い現象だ。ヒップホップ側で対応物がないか少し探したが、にわかには見つからない。

 

 

 

「謙虚、堅実をモットーに生きております!」

https://ncode.syosetu.com/n4029bs/

八男って、それはないでしょう!

https://ncode.syosetu.com/n8802bq/

 

 類似を挙げたからには相違も述べておこう。

 アメリカのヒットチャートにおいて、もはやヒップホップを通過していない音楽を探す方が難しくなっている。一方なろうは娯楽小説(ラノベ)・漫画・アニメ等の中で、まだ「そこまでは」プレゼンスを発揮していないだろう。今後も発揮しないで欲しい。とはいえ、「なろう」的なフェティッシュは年々求心力を増しているように見える。世界の方が「なろう」に近づいている?*2 最近は毎クール複数の「なろう」出身作がアニメ化されているようだが、これは端的になろう系への資本の集中投下を示している。金が集まるならまだ影響力は増すのだろう。最悪。

 

 もう1点、「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」を例に「少なくない数のなろう小説はネット小説の媒体性を活かしてゲーム実況などこれまで小説外にあった快楽をテキストに織り込もうとしている(ゲーム的リアリズム)」*3と書こうと思った。

 

異世界迷宮で奴隷ハーレムを」

https://ncode.syosetu.com/n4259s/

 

 だが、ヒップホップはただの音楽ジャンルではなく「ラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティ」のいわゆる4大要素と共に発展してきた*4。他にもファッションへの波及、ラッパー同士のビーフなど、必ずしも音楽の快楽だけでヒップホップが成立しているわけではない。

 

追記:上の説明は外している気がする。筆者が混乱している。

「なろう」も「ヒップホップ」も複合的な楽しみ方があるが、その本義をとりあえず「テキストを読むこと」と「音を聞くこと」に限定した上で議論するのが公平だ。このときゲーム的リアリズムは「ゲーム実況の快楽」というこれまで小説の快楽として殆ど無かったものを取り込む試みだ。このぐらい距離がある快楽をヒップホップが取り込んだことってあっただろうか? ……歌詞でキャラクターの性格を表現しようとする(ので無理が出てくる)ヒプノシスマイク、とか? 

 

 

 

 ともかく、「なろう」の発明はヒップホップの発明と同様に、ある時点までエキサイティングだった。これ以上新しいものなどないのだから、既成概念を利用してどこまでも感覚をハックしていくこと(なろう風に言えば「チート」)。

 「なろう」という〈場〉における「異世界」概念の繁栄、その現象こそが異世界じみて見えた時期があった。

 

 とある記事へ続く。

 

wagaizumo.hatenablog.com

 

 

 

 

 

*1:作中作の活用は、特にポストモダン文学の常套手段である

*2:もはや権力の一部として存在を許されている「反体制」への反動として出て来た「体制」的な「なろう」が、その親和性ゆえ一瞬で権力に取り込まれること。あるいは、日本においてカウンターカルチャーが左翼傾向でオタクコンテンツ(サブカルチャー?)が右翼傾向であったこと。「少数派」は存在を認められたいだけなのか?

*3:しかし、具体例は全く挙げられないが、ある種の随筆・ルポタージュ・ラノベはゲーム実況以前からゲーム実況の快楽を持っていたかもしれない。ゲーム的リアリズムの発明ではなく流行が「なろう」の特徴と言った方が正確か?

*4:というのは少し嘘になる。あまり交錯せず発展していたこれら4要素が映画「ワイルド・スタイル」(1982年)でいっしょくたに扱われることで初めてこれらが「ヒップホップ」ということになった。映画による歴史修正。